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 どうやらわたしはバスの中で寝ていたらしい。花京院に起こされるとバスは止まっていて、気分もそれなりに爽快だった。肩を借りっぱなしだった花京院にお礼とお詫びを言って、バスを降りる。ホテル・クラクースにてチェックインを済ませると、ジョセフはそそくさと病院に、ポルナレフはネーナとどこかに行ってしまった。


「…………暇だ」


 現在部屋に一人きり。上を向いたままぼうっとベッドに横たわる。一応ジョセフとポルナレフと同じ部屋ということになっているが、二人ともいないので一人である。たぶんあれ行き違ってるな。ジョセフはポルナレフがわたしの傍にいると思っているし、ポルナレフはジョセフがわたしの傍にいると思っている。というかね、問題はそこじゃないよね。わたしのことを気にしてくれるのもありがたいんだけど、あなたたちも一人になるなって話なのよ。おかげさまで二人とも危ない目に遭う。
 することもなければ、できることもない。戦ったこともあり今日一日は休みと言うことにするらしいが、女帝編に入っているからジョセフが帰ってきたらすぐにホテルをチェックアウトするだろうし、風呂に入るのも寝るのも気が引ける。
 だけどもわたしは、暇を潰すようなものは何も所持していない。渡された衣類と着ていたパジャマ、仗助に貰ったネックレスと、いつもつけてるピアスくらいなものだ。仕方ないので身体を休める目的でベッドに横になっていると、控えめな音でドアが叩かれた。驚いてベッドから慌てて立ち上がる。思わずヴィトを出しながら、そうっとドアに近寄った。


「……どなたですか?」

「あ、花京院です」


 一応ドアの後ろにヴィトを隠しながらドアをゆっくり開けると確かに花京院だった。ヴィトを閉まって、ドアをきちんと開けば、花京院がニッコリと笑った。


「今から承太郎とトランプをするんですけど、一緒にやりませんか? ポルナレフもよかったら」

「あー……ポルナレフさんはいません。女性をおうちまで送っていくとのことでした」

「……あのバカ」


 花京院は深いため息をついた。花京院もわたしと同じで慎重派の意見をお持ちのようだ。わたしはおおよそのところ、ポルナレフの動向を把握しており、これから起こることにも予想がついているため、彼の身に大した危険はないと知っているが、花京院は知らないので心配するのも当然だろう。トランプで遊ぶ気満々だったわたしだが、やっぱりダメかな?


「ポルナレフさん、探しに行った方がいいですかね?」

「どうですかね……ひとまず承太郎に相談してみましょう」

「そうですね」


 頷いた花京院のあとを着いていく。近くにあった部屋に、花京院はノックすることもせずに入った。花京院のあとに続いて部屋の中に入る。部屋はわたしのところと大して変わらない内装で、承太郎は対面式のソファの一方に座りながら煙草をふかしていた。ソファの前のテーブルにはトランプ一セット。どうやらそこでカードゲームをするつもりだったようだ。


「承太郎。ポルナレフがいなかった」

「どういうことだ?」

「ポルナレフさんはあの女性を送ってくると言ったきり戻ってきていません」


 承太郎の疑問にわたしが答えると、さきほどの花京院のように深いため息をついた。ポルナレフのことをたぶん軽率だとでも思っているんだろうな。いや、わかるけど。実際に軽率だし、花京院と承太郎視点では自分が勝手に一人になって危険な目に遭うのはともなく、わたしのことも一人にしていると考えているんだろう。


「どうする承太郎、ポルナレフを探した方がいいと思うかい」

「二手に分かれられるならともかく、今は三人だ。おれたちがここを離れちまうと、じじいとの連携がうまく取れなくなる。そもそも、一人なのはじじいもだからな……」

「となると……ポルナレフさんとジョースターさん、どちらも迎えに行きますか?」

「行き違いになると面倒だ。少なくともサクッとやられちまうような柔なやつらじゃねー」


 承太郎は立ち上がることなく首を振って、もう一度息を吐き出した。ため息、というよりは、深呼吸に近いもののように感じた。帽子を直し、わたしたちに座るように促す。


「どこにいるかもわからねー以上、おれたちから動くのは避ける。外が騒ぎになればわかるだろう」

「なら当初の予定通りとりあえずトランプでもして、騒ぎになれば駆け付ける、ということにしておこうか」

「それでいいんじゃねーか。この旅の間は常に襲われる可能性がある以上、合流した方がいいにはいいがどこに行ったかわからねーポルナレフを探すことを考えると、合流するんならここに留まっているのが一番になる」

「まあ確かに。襲われている危険性が高いならいますぐにでもホテルから出て行って探すけど、わからないからね」


 高校生二人組はとりあえずトランプをして待つという選択肢を選んだようだ。常に命を狙われているわりに、彼ら、豪胆だなぁ。わたしは口を挟まず、うんうんとうなずいて彼らの話に賛同しておく。実際はジョセフは自分の腕の出来物に襲われている頃だろうが、あえて言う必要もないだろう。


「えーと、それじゃあ何しましょうか? ミョウジさんは何が好きですか?」

「わたしは何でも。大人数でトランプなんて久しぶりで、何をやったらいいのか……」

「三人は大人数じゃねーだろ」

「あ、基本、二人でしかやらないんです。ポーカーとかブラックジャックとか、そういう、対戦系ばっかりで」


 だから三人以上はわたしの中じゃ大人数の部類に入る。基本的にトランプを賭事か、トランプタワー、マジックでしか使用しないことの弊害かもしれない。若い時はやり過ぎて、友達の大多数が「ナマエとはトランプしない」と冷たくしてくる程度には毟りに毟ったものだ。いやぁ、あの頃は若かった。
 わたしが思い出に耽っていると、何故か承太郎がにたりと含みのある笑みを浮かべた。なんか、悪いことでも考えてるのかな、っていう笑みだ。一部の女子が大興奮しそうな笑みである。


「なら、勝負しようぜ」


 罰ゲームありで。きっと多分、承太郎は承太郎なりに気を使ってそう言ってくれたのだろう。仲良くなるために、とでも言うか、そういう、和気藹々とした、可愛らしい何かだったはずなのだ。けれどわたしはその言葉でばつりとスイッチが入ってしまった。
 口がニマリと悪い笑みを作った。申し訳ないことに、罰ゲームや勝負事は、だぁい好きだ。わたしの笑顔に承太郎は一瞬だけ驚いたように固まったが、そんなことお構いなしにカードを切って配ってしまう。とりあえず花京院はハブだが、彼も楽しそうにこちらを見ていたので問題はないだろう。


「対戦方法はポーカーでいいですか? 罰ゲームは何にします?」

「…………なんでもいいぜ」

「じゃあヒゲダンスを踊ってもらいましょう。勿論、曲はありませんので歌いながらね」

「…………」


 我ながらくだらない内容だが、こういう馬鹿らしいことが承太郎のようなタイプにはよぉく効く。それにヒゲダンスなんて、可愛いじゃない。お互いが既に配られたカードを取る。うーん、さっすがわたし。一枚だけ交換すれば良い手になった。承太郎はタバコを吸いながらも、二枚交換していた。お互いこのカードでいい、と決めたところで承太郎からオープン。


「スペードのフラッシュ」

「わあ、すごい! ……ですが残念。キングとクイーンのフルハウスです」


 にまり、もう一度笑ってやった。
mae ato

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