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 部屋割りはじゃんけんにて公正に行われた。じゃんけんだと承太郎有利そうじゃない? 気のせい?
 とにかく、じゃんけんの結果、ポルナレフと花京院と同室になった。よろしく、と言ったわたしにきちんと反応してくれたのは花京院だけで、ポルナレフは小さく、ああ、と頷いただけだった。まだネーナのこと気にしているのだろうか。そうだとしたら相当女々しい。
 既に夜ということもあり、全員で適当に食事をしたあと、三人で部屋へと向かった。部屋には備え付けのベッドは二つだったが、折りたたみ式のベッドが一つ追加されていた。サイズを考えればあの折りたたみベッドに寝るのはきっとわたしだろうな。わたしはベッドにこだわりがあるわけでもしょぼいベッドだと寝れなくなるわけでもないので、別になんでもいい。ベッドはお風呂に入った後にでも広げることにしよう。とりあえずわたしはソファに腰を下ろして提案した。


「今日はもう遅いですし、早くお風呂に入って寝ましょうか?」


 というわけで今度は三人でじゃんけん。勝った順に風呂へ入ることにしたのだが、花京院が即勝ち、ポルナレフが二番、わたしは最後だ。もうそれなりに遅い時間だということもあり、そそくさとお風呂へ行った花京院を見送ってから、ポルナレフに視線を向けると、勢いよくそらされた。…………いやあの、さすがに露骨過ぎない? 感情隠すの下手か?


「ポルナレフさーん? そこまであからさまに視線をそらされると傷付くんですけど、何かあるのなら言ってくださいませんか」


 さっきから、いや、今日はずっとこんな調子で、わたしでもさすがにおかしいことくらい気付く。露骨にわたしに対してだけこんなんだからな。元々ポルナレフが距離感を一定に保つ人間ならともかく、元々距離感バグってんのかくらいの女性に優しいコミュニケーションつよつよ男が女であるわたし相手にだんまりなんて、おかしいにもほどがある。
 じい、とわたしが見つめていると、困ったような表情がすこしずつ真剣なものに変わっていくのがわかった。それからゆっくりと視線があった。戸惑っているようだった。


「ナマエ、ちゃんよォ、」

「はい」

「戦うの、やめたっていいんだぜ」


 歯切れの悪い言葉で、ポルナレフはそう言った。わたしは「はい?」と、思わずすっとんきょうな裏返った声で返事をしてしまった。だって、全く思ってもみないことを言われたから。ポルナレフは驚いたわたしなど気にすることもなく、もう一度言った。


「あんな風に戦わなくたっていい。ナマエちゃん怖いんだろ」

「………」

「それに、敵と言えど人を殺しちまったおれなんかと一緒にいたかねぇはずだ」


 意気消沈、と言わんばかりの話し口に少しの困惑。何を言ってるんだ、この人。自分を卑下してどうしてほしいんだ? けれどポルナレフがいきなりこんな話をし始めるくらいだから、相当参っているのだろう。深呼吸をしてから、なるべくはっきりとした口調で言葉を紡いだ。


「大丈夫です、わたしは」

「デーボを助けたナマエちゃんが、そんなわけねーだろ。本当は………おれを軽蔑してるんじゃあないか?」


 なんか……面倒くさいこと言い出したな? それがわたしの本心だった。
 たぶんポルナレフは自分のしていたことが許せなくて、自分で自分を軽蔑しているのだろう。だからそんな言葉が出る。自分が悪いことをしていると思っていないと、そんな言葉は出てこないのだ。だって悪いことしてなかったら、軽蔑なんてされるわけないから。軽蔑されているかもって思っている時点で、彼は己の行為を悪と認めている。そして今は非常にナイーブな状態になっている。まあ、殺人は絶対にいいことではない。それは間違いないし、彼は普通の倫理観を持っていて、自分が人を殺したという事実に耐えかねているのだろう。
 冷静な思考とは裏腹に、わたしの顔はおそらく穏やかな、それでいて少し困ったような笑みを貼り付けたままだ。


「軽蔑だなんて、そんなことないですよ。そもそも、デーボだって殺し屋じゃあないですか。ポルナレフさんなんかよりも、よっぽどデーボの方が人殺しじゃないですか」

「なら……でも……っ!」


 なら──どうしてデーボを助けたんだ。でも──きみは優しい良い子じゃないか。
 言いたいことはおそらくそんなところじゃないだろうか。ポルナレフはわかりやすいから想像するのはとっても簡単だ。優しいナマエちゃんに嫌われたり、軽蔑されてしかるべき行動を取ってしまって、復讐を終えて熱が冷めたら改めて突き付けられたのだろう。当たり前のことを理解させられた──人殺しは、悪いことだ。
 きっとポルナレフはわかっていて、覚悟を決めて復讐に走ったはずだ。人殺しが悪いことだなんてわからないわけがない。それでも妹の凄惨な死を前にして、そんなことをしでかしたクソ野郎が許せなくて、絶対に地獄に叩き込んでやると決めて──その復讐劇は仲間たちと完遂した。ポルナレフが、純粋な心を持っていると思っている、ナマエちゃんの前で。
 なるほどなぁ。傷ついちゃったんだなぁ。どうにかしたくて、どうにもできなくてナマエちゃんと距離を取っていたのに、そのナマエちゃんがそんなことにも気づかずに距離を詰めてきちゃったもんだから、耐えかねて口を開いちゃったんだなぁ。わかるわかる。理屈とか、流れはわかるよ。大変だね、ポルナレフ。それもこれも、きみが心優しくて、正しい人の倫理観を持っているからだ。だからこそ、ここで苦しまなくともいずれ必ず苦しむだろう。今真新しい傷口に塩を擦り込んで苦しむか、仲間と別れたあとに生涯苦しむ傷痕になるかの二択でしかないのだ。
 オーケーだよ、ポルナレフ。ならその傷口、わたしが存分に抉ってやる。生涯苦しむ前に、ここですごく傷ついて、さくっと終わりにしよう。わたしも、同じように傷を抉るからさ。赤信号、一緒に渡れば怖くない、みたいな?


「ポルナレフさんは、勘違いしてます」

mae ato

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