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「勘違い……?」

「そうです。わたしがまるで純粋無垢な汚れも知らない良い子の模範で虫も殺せぬ心優しき乙女、なーんていうことを考えていらっしゃるのではないですか?」


 この真剣な場では不自然とも言えるしっかりとした笑顔を作って、ポルナレフのことを見つめると、彼は言葉に詰まってそのまま俯いてしまった。 やっぱり図星だ。本当にお優しいナマエちゃんだと、そんなふうに思っているらしい。変なの。デーボのこと助けたのだって、どう見ても狂人のやり取りだったでしょうに。でもきっと周りもそう思っている。不思議だ。人間は解釈したいように解釈することしかできないから、きっとみんなの心が綺麗で、お優しいのだろう。
 でも残念ながら、お優しくて心が綺麗な女なんてここにはいないし、いたとしたらあんな言い回しはしない。フィルターがかかってるんだね。馬鹿らしい。わたしはそんな女じゃない。喉の奥から笑いが漏れる。


「それは全く違います。まず、わたしは俗世から隔離された深窓の令嬢でもなければ、世の中を全く知らない子どもでもないのです。世の中の汚いところも、少しくらいは理解して飲み込んでいます」


 どれくらい汚いのかなんて、そんなことはわからない。バイトしか社会経験のない大学生なんて、言うほど大人でないのはわかる。でも、学校生活の中でだって、汚いところはいくらでもある。人間は純粋で綺麗な生き物ではない。そんなことは一般的な成長の過程で誰でもわかってしまって、それを受け入れて生きていくのだ。
 もちろん、お綺麗ならお綺麗でいいと思う。素晴らしいかもしれない。保護すべき生き物かもしれない。そうじゃないとその辺で死んじゃうでしょ。こんな世の中、生きていけないよ。
 それはわたしが汚いからそう思うのかもしれないけれど。少なくともわたしは、ポルナレフが想像しているような素晴らしい人間ではないことだけは確かだ。だからそう、彼の軽蔑されるかもという不安は、大層的外れなのだ。


「わたしはJ・ガイルが死のうが、何も思いませんでした」


 本当に、何も思わなかった。死ぬことを知っていたからじゃない。死体がぶら下がっているのを見ても、本当に何も思わなかった。思わなかったのだ。
 ポルナレフの顔から、血の気が引いたように見えた。今までだって、顔色が良かったわけじゃない。けれど、今まさに、明確に顔色が変わった。信じられない、という表情を、真っ青な顔に載せている。


「……どういう、ことだよ」

「そのままの意味です。わたしは何も思わなかった」

「デーボだって必死に助けてたし、ホル・ホースのスタンドだってあんなに怖がってたじゃねぇか!」


 ポルナレフの発言は支離滅裂だ。怖がっていることと純粋や良い子だということはイコールで結ばれることはないし、人を助けることは良いことかもしれないが理由はそれぞれ。なんにせよ、因果関係はないのだ。
 混乱してるんだろうなぁ、わたしが冷たいことを言い始めたから。ポルナレフはいつだってわたしをいい子だと思っていたから。いや、今ここに至っては違うかな。ポルナレフはわたしに良い子でいてほしいんだろう。わたしもそう。わたしも自分が良い子だと、どこにでもいる普通の、善性のある人間でいてほしかった。
 ──思い出す。銃声。破裂。悲鳴。──安堵。
 ああ、うん、そうなんだよ。そうなの。わたしだって、良い子でいたかった。わたしの中のわたしだって、多少なりとも優しい子で、どこまでも普通で、当たり前のように人殺しなんかダメだときれいごとを言うような愚鈍な人間だったはずなのに。そうだと思っていた。信じて疑わなかったなんて、そこまでも行ってない。考えたこともなかった。自分の中身が人と違うと思ったことなんか、あるわけもないのだ。
 けれども、あの時から、もうとっくに、騙しきれずにいる。わたしという人間に、翳りが出た、あのときから。


「確かにわたしは銃が怖いです。今も向けられたくはないと思っています。それには理由があります」


 慰めてほしいわけでも、同情してほしいわけでもない。そして慰められるわけもなく、同情されるわけもない話だ。こんな話をしても、彼もわたしも、誰もいい気分にならない。だけどそう、わたしもきっと、誰かに聞いてほしかったのだろう。己の本性に向き合わなければならない。抉らなければ、腐った肉は取り除けないのだから。


「わたしは銃を向けられたことがあります。本物の、金属の塊。銀行強盗です。隣にいた人の膝が撃ち抜かれました。膝が、ぱあんって、弾けたんですよ、石榴、叩き付けたみたいに。あのときは怖かったです。銃なんて見たこともなかったし、そんな怪我をしてる人だって見たことありませんでしたから。それでわたしも、撃たれました」


 ポルナレフと目が合う。わたしのことを仲間だと思ってくれているから、その状況を心配してくれているのだろう。ありがとう、そしてごめんなさい。そんな優しい気持ちを向けられるような話ではないのだ。わたしは、どこもケガをすることはなかった。


「ヴィトが助けてくれたお陰で助かりました。ヴィトは弾を止めて、反対向きにして、能力を解除したんです。そうしたら、どうなるかわかりますよね?」


 ポルナレフが息をのむ。銃社会に生きていた彼なら、わたしより鮮明に想像できたかもしれない。凄惨なその様を。ずっと高い解像度で。脳裏に描けてしまっただろう。


「手がばあーんって」


 彼の手が弾け飛んだ。親指と人差し指と中指が飛んだ。かろうじてくっついていたように見えた薬指と小指があらぬ方向にひしゃげた。手の甲がぐちゃぐちゃになって散った。腕の骨は飛び出した。破壊された銃の破片がぶずぶずと腕や身体に刺さっていた。肉片。止まることのない血液が白い床を染めていく。ピンク色の脂肪が覗き、ぬらぬらと光る骨が赤く汚れ、それらは彼の服にも染み込んだ。限界まで見開かれた目。身体から絞り出された切り裂くような絶叫。痛みでのたうちまわる。交わる、視線。彼のすべてを覚えている。そしてわたしは、そのすべてを、ただ見下ろしていた。


「わたしがやったんですよ」


 この手にはそれらの何の感触だって残ってはいないけれど。
mae ato

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