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「要するに、銃はそのときのことを思い出させるんです。自分を普通だと思っていたのに違っていたことを、怯える目で被害者の彼がわたしを見たことを。だから銃が怖い。わたしが普通でないことを何度も突き付けられる気がします」


 彼女は悲しい目をしてそう言った。あのとき彼女は、自分が普通でないと思い知った出来事を思い出して、あんなにも冷や汗をかいて、謝っていたということになる。ごめんなさい、と。あれは贖罪だった。何かしでかしてしまったことに対する贖罪だとおれは感じたはずだ。けれど彼女が今言っていることを踏まえると、あのごめんなさいは『何も思うことができなくてごめんなさい』なのだ。普通の人間の感性を持たなかった己の罪を、謝っていた。


「デーボを助けたのも、同様の理由です。死体を見て何も思えなかったらと思うと、怖かったんです。それは、普通ではないですよね」


 彼女は必死だった。デーボを殺させまいと、死なせまいと必死だった。自分の人生がかかっていた。死体を見ても何も思わない異常者だと思いたくなかった。今までの普通が、音を立てて崩れてしまわないように、必死にその道を探していた。それをおれはまっすぐで純粋で優しいと勘違いした。彼女はいつだって、普通でありたいと願っていたのだ。


「まあ結局! J・ガイルの死体を見てもなーんにも思いませんでしたけどね! ダメですねぇ、やっぱりわたしは人間の死なんてどうでもよかった。せめて気持ち悪いとかね、そういうのでもよかったんですけどそれすらなかったです。実物の死体って気持ち悪いものだと思ってたんですけど、それすら感じなくて、いやー、ほんとわたし、人としてやっぱりダメですね!」


 明るく笑う、場に不釣り合いな声。自分なんてどうしようもない人間だと卑下して、泣きそうな顔でもしてくれればいいのに、彼女は笑っている。引きつってすらいない、綺麗な笑み。そこから感情を読み解くことは難しかった。


「そういう時に、わたしが考えるのは大体事実だけです。死んでるなとか、穴が開いてるなとか、事実の再確認ですね。感情的には、本当にポルナレフさんと花京院さんが無事でよかったなって思ったくらいで、本当にそれだけでしたよ。だからわたしは本当に平気なんです。ポルナレフさんを軽蔑することもあり得ないし、なんなら復讐成功おめでとう! ってなもんで」


 無神経で、不躾で、不謹慎な回答。おれの心情を察している状況でその言葉を発するのは、人間性に問題があるやつだけだ。軽蔑されるようなことをしたという自覚があるおれに、復讐おめでとうだなんて言葉は本来出てきてはいけない。彼女はそれすらわかっていて、わざとおれにぶつけている。それは間違いないと思った。


「そう、平気なんですよねえ、まったく、すっごく残念なことに、わたしは強がってすらいないんです。強がって言ってるのなら、どれほどよかったことか。それならわたしという人間も捨てたもんじゃない、って思えそうなんですけど、そうじゃないんですよね。あはは」


 笑う。笑う。綺麗な笑顔だ。どこかすこし悲しそうで、儚げな。彼女の笑顔は、初めに会った時から何も変わっていない。たぶん、会った時から彼女は何も変わっていないのだろう。だからすべて、おれの勘違いで、押し付けで。


「どちらかと言うと、ポルナレフさんの方が大丈夫じゃなさそうですよね。きっとポルナレフさんは後悔していらっしゃるんでしょう。優しい心根をお持ちなんでしょう。だから──構いませんよ。我慢なさらず軽蔑してくださって」


 彼女は言いたいことをすべて言い切ったのか、にっこりと笑ったまま黙り込んだ。話している内容に不釣り合いなくらい、普通の笑みで。
mae ato

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