「馬鹿ですね、ポルナレフさんは」
ナマエちゃんはため息を吐くと、口元を自然にやんわりと緩めた。おれを軽蔑しているわけでもなく、卑下しているわけでもなく、嫌悪しているわけでもなく、まるで親愛しているかのようなあたたかい眼差し。どうして、そんな目が出来る。情けないおれなのに、ナマエちゃんを利用しようとしたり、軽蔑しようとした駄目なやつなのに。おれが言葉に詰まっていると、おれに随分と都合のいい、優しすぎる言葉が紡がれる。
「もし謝るなら他の方にでしょう? わたしは何も思わないんですから必要ないです。ポルナレフさん、お疲れ様でした。よく頑張ったじゃないですか。怪我も大したことなくてよかったです」
──本当に、おれは馬鹿だ。
ナマエちゃんは、やっぱり優しくていい子だ。全てが全て、まっすぐではなくて、正しくなくて、綺麗なだけではないとしても、それでも仲間思いのいい子と呼ばれるに相応しい子じゃないか。
そう思ったおれは、何故か、救われていた。J・ガイルを殺したことは、間違いだったかもしれない。正しいかもしれない。誰かがどこかで泣いているかもしれない。泣いていないかもしれない。わからない。それでも、おれの心は決まった。もしおれと同じように悲しむ家族を作ってしまったというのなら、その復讐は甘んじて受けよう。迷いはない。アヴドゥルの家族には、殺されたって構わない。おれに家族はもういないし、それで気が済むのならそれでいい。この旅が、終われば。終わるまでは、殺されてやれないけれど。
「……ありがとな」
「なんのことですか? とりあえずお風呂から出たら早く寝ることですね。そうしたら明日は元気になれますよ」
「そう、だな」
「シャキッとしてくださいね、それでも本当に年上ですか?」
「ハハハッ、言われちまってんなァ、おれ」
部屋に朗らかな空気が戻った。礼を言ったとき、ナマエちゃんは僅かに驚いていたけれど、おれはナマエちゃんをより一層信頼することができるようになった。
アヴドゥルのことは、お互い口に出せなかった。だからきっと、アヴドゥルの死は少なからずともナマエちゃんに影響を与えたんだと思う。あのとき彼女はアヴドゥルが倒れている様を見て立ち上がったのだ。気持ち悪い肉塊とは思わなくても、悲しいとは思ってくれた。そして他のみんなにそうなってほしくないと思ってくれたのだと思う。それだけで、十分だった。
「ナマエちゃん」
「……もうちゃん付けは卒業しません? さっきの流れでわたしも自分にちゃん付けしすぎましたし、ナマエちゃんの幻想とはおさらばしましょう?」
じとり、と本当に嫌そうに見てくる目に、面を食らう。先ほどまでとは違い、いつものようにナマエちゃん──ナマエは感情がまるっきり出たような表情をしている。おれはへらりと笑う。嬉しくて、かもしれなかった。
「そうだな。ナマエ、これからもよろしく頼むぜ! おれのこともポルナレフでいい、対等になりてーからな」
「それじゃあポルナレフ、早く入ってきたらどうですか。花京院さん、もう出てますよ」
「敬語も!」
「はいはい、わかりましたよ」
「わかってねーじゃん!」
「はいはいはい、わかったわかった」
いいから早く支度しなさい! と最終的に怒られて、荷物を漁って風呂に入る準備をする。花京院が脱衣場で、ドライヤーをかけているような音がする。風呂場に向かいながら、花京院が出てくる前に聞いておきたいことがあって、ナマエに振り返った。
「なあ、ナマエは、人なんて簡単に殺せるか?」
ナマエから目から感情がすっと消えて、先ほど存在していた冷たい顔を覗かせる。口元には固定化した笑み。仄暗くなった目が、おれをゆっくりと見上げた。そこから何かを読み取ることは、どうにもこうにも難しい。おれじゃなく、ジョースターさんや承太郎、花京院にならわかったのかもしれないけど。
「殺せないよ、だって怖いもの」
そんなおれにもナマエがどうして怖がっているのかはわかる。──自分が殺人を犯しても平気なことを自覚するのが、怖いのだ。
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