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「遅くなってすみません。今、出ました。ポルナレフ、どうぞ」


 ナイスタイミングで出てきた花京院と交代して、ポルナレフは先ほどまでの陰鬱さは全くなく風呂へと向かう。朗らかな様子の花京院は、既にドライヤーも終わったのか、いつもの素敵ヘアーに戻っていた。萎れたような髪が見たかったのに、少しだけ残念である。ただ乾かしたての髪はいつもよりふわふわとしていて可愛らしい印象だ。けれどそんなふわふわな彼は少々冷たい目をして、はっきりと毒を吐いた。


「ポルナレフ、ちゃんと隅から隅まで綺麗に洗ってくださいよ」

「……花京院。それじゃあまるで、いつもおれがちゃんと身体洗ってねぇみてーじゃねぇか」

「違うのかい?」

「おれは綺麗好きなんだよ! いつも三十分は入ってんだからな!」

「え、シャワーで?」

「おう!」


 それは長いだろ、ていうか外国って結構水の制限厳しくない? そんなに使ってて次のわたしは大丈夫だろうか。まあ、さっきの話し合いのこともあるし、野暮なツッコミはしないでおくことにする。そのまま意気揚々と風呂場に行ったポルナレフのことを見送った。花京院は自分に宛がわれたベッドに腰掛ける前に、ハンガーに学ランをしっかりとかけている。
 それを見ながら、育ちの良さが出てるなあ、と思った。ポルナレフだったらそこらへんの床か何かに放置していそうなものである。承太郎も育ちがいいから、きっとしっかり上着をかけていることだろう。
 それにしても花京院は爽やかなパジャマなのだが、ジョセフはきっとジーパンでも履いているとして……まさか、承太郎もパジャマなのだろうか。隣の部屋に突撃してみたくなったが、それはやめておこう。ヘビーな話のあとにわざわざ怒られに行く勇気はない。


「結構、綺麗でいいホテルですね。シャワーもとても綺麗でしたよ」


 用を済ませた花京院がベッドに座り、わたしに話しかけてきた。いつものように優しく笑っている。つられるようにわたしも笑っておく。


「そうなんですか、それは嬉しいですねー。やっぱりお風呂場は綺麗じゃないと嫌です」

「湯船が使えないのが、ちょっとあれですけどね」


 さすがお互い、日本人と言ったところだろうか。きっと花京院もわたしと同じようにお湯を張って浸かりたいと思うし、お風呂で癒されたいと思うのだろう。そしてやはり日本人であるがゆえ、回りくどいというか、なんというか。


「えーとですね、世間話はしなくてもいいですよ。直球で、どうぞ」


 花京院が不思議そうな顔をして、わたしのことを見ている。そんなふうにはぐらかしたりして、さすが日本人ですねというか、日本人の馬鹿野郎というか。ポルナレフのように真正面からドンと来てくれればありがたいのだが、やはりそうはいかないようだ。花京院は何のことを言っているのかわからない、とばかりの表情。演技がとてもお上手である。


「話が聞こえていたんでしょう? ポルナレフとわたしの」


 そう言って笑うと心底驚いたように目を真ん丸にさせてから、ゆっくりと笑みを消していった。嫌悪しているわけでもなく、軽蔑しているわけでもない目線。しかし無表情というのは不可能なほど、有り余る感情が露呈してしまっている。
 眉間に寄せられた皺と僅かながらに睨むような目、きつく閉じた口は、わたしを警戒しているのだから。


「ミョウジさん、あなたは、」


 敵でしょうか、と疑問文。どうやら何やら、花京院の方がポルナレフよりも純粋な子だったようだ。そりゃあそうか、と思う。花京院は初めて出来た友人が彼らだという、筋金入りの対人経験初心者だ。多数の人間を理解し合えないとしながらも、彼らをとても大切に思っているのだから、仲間になった人間に半ば理想を持っていても仕方ないのだ。──さて、もうひと踏ん張りしますかねぇ。
mae ato

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