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「敵。なるほど」


 ぼくの言葉にミョウジさんは、先ほど世間話をしていたときと同じ笑顔のまま、ゆっくりと頷いた。その仕草は見た目とは裏腹に大層大人びていて、ぼくに心理を悟らせない。そう思うのも無理はない、と苦笑していたのならぼくも身構えずにすむのだが、彼女の言葉はまるで肯定しているようで緊張で腹がじくりと傷んだ。


「確かに、敵の方がわたしの性根にはあっているかもしれません」


 敵と断言されるよりも質が悪かった。まさかぼくの今の言葉で、向こうに寝返ろうとでも言うのか。そんなことはないと信じたいが、有り得ないことでもないように思える。しかし敵だと断言されない限り、仲間だと思いたいのも事実で、ハイエロファント・グリーンを出すことはどうしたって憚られた。


「花京院さんも話を聞いてて、そう思ったんでしょう?」


 驚いて、言葉を失った。確かにぼくはそう思って、敵じゃあないのかと質問したのだが、改めて彼女の口から発せられて、その事実を押し付けた重さに気付く。ちょっと待って、頭が混乱している。ミョウジさんは、ミョウジさんは、銀行強盗の手を吹き飛ばしても死体を見ても何も思わないって言ってたんだ。──それって普通じゃない。そんなふうに話してしまうと怪しまれるから、話したこと自体が敵じゃない証拠、とはならない。あえて言ってるだけかもしれないし。おかしいんだ。だって、ミョウジさんは、おかしい。そんなの普通じゃないんだ。


「でもね、わたしは敵じゃないです」


 目を合わせて、彼女は言った。
 ──ああ、違う。違うじゃないか。そうだ、普通じゃないのは。


「すみません、ぼく、どうか、してたんです」


 酷く頭が混乱していて、まともに物事が考えられない。待って、落ち着いて、息吸って、吐いて。うっすらと膜を張った涙を流すことなく目蓋を下ろした。
 ゆっくり、考えてみよう。そうだ、さっきはあまりにも衝撃的すぎて頭がパンクしてしまったんだ。だからぼくは短絡的にも、彼女を犯人扱いしてしまった。敵だったら、って。
 普通じゃないって、何。ミョウジさんが一番考えられたくないような、酷いことを考えた。だってミョウジさん、普通なはずなのに、って悲しそうに言ったんだ。ミョウジさんは普通でいたいと思っているのに、なのに、ぼくは彼女のことを敵だと言って。ぼくは、とても酷い人間だ。敵だったのは、ぼくじゃないか。


「ぼくも、自分の意思ではありませんが、人を傷付けたことがあります」


 まぶたを開けると、ミョウジさんと目があった。ここからは見えないが、ミョウジさんの眼球にはきっと情けないぼくの姿が映っているはずだ。言ってしまいたいようで、何も言いたくないような。視線をずいぶんとさまよわせたあと、決意してミョウジさんを見た。


「……罪悪感が、ないんです」


 ぼくの眉は大層情けなく八の字になっていたのだが、口だけはやんわりと笑みを作っていた。ミョウジさんがとても驚いて、丸い目を更にまあるくさせてぼくを見る。
 彼女の話を聞いて衝撃を感じたのは、多少違えどぼくもミョウジさんも同じだったからだ。だからぼくは、まだ操られたままなのではないかと、ミョウジさんのことも同じように操られてる敵ならばと、無意識に思ったのだろう。なんて、嫌なやつだ。


「人のことなんて、言えないんです」


 ぼくにそんなことを言える資格なんて、どこにだってありはしない。この中で最も敵に近いのは、きっと、ぼくなのだから。妹の仇討ちゆえに身を投じたポルナレフとは、まるで勝手が違う。
 ぼくは怖かった。ぼくは恐ろしくて堪らなくて、膝を折った。ぼくは恐怖に屈した。そして何より、ぼくは、惹かれたのだ。堪らなく恐ろしく、しかしそれ以上に魅力的な存在だったから。惹かれてしまった。例え一瞬でも惹かれずにはいられなかった。──だからDIOに従ったのだろう?


「本当は、自分が敵なんじゃないかって今でも思うんです。あれは、あのときのことは、操られてなんか、いなかったんじゃないかって。ぼくがやりたくてやったんじゃないかって、……怖いんです、ミョウジさんのように、ぼくも、自分がおかしいって思うのにそれなのに、どうしても悪いことをしたって、思えない、」


 いっそ、本当に敵ならよかったのに。
mae ato

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