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 何やら、花京院もわたしと同じだったようで。というかわたしなんかよりもよっぽど彼の方が重症だったようで。思春期真っ盛りの彼は、どうやら割り切ることや忘れることといった逃げるような行為には至れなかったようだ。考えて考えて、考え抜いて。悩み続けて。腐った思いが煮詰まってもう汚泥の泥沼。
 たった二年、されど二年。高校生のときには大層な悩みも、今はたいしたことのない悩みだと思えたりするものだ。わたしがそうだったから、わかる。とはいえ、この悩みは高校生だろうと、たった二年経とうとも、きっと辛いものには変わりないだろうけれど。決して楽なものなどではない。普通ではありえないのだと理解したときの疎外感は、背筋を凍らせるのには十分すぎるから。どちらにせよ、花京院に二年後は訪れないんだけど。
 そう思い出して、ぞっとした。勿論、忘れていたわけじゃない。ずっと頭の片隅にそのことはひっかかっていたし、忘れられるようなことじゃあないのに、ぞっとした。──今。たった今だ、それが、リアリティを持った。きっかけはJ・ガイルの死体かもしれないし、この話し合いかもしれない。わからないけれど、突然、花京院の死が、鮮明になった。
 思わず花京院に駆け寄って、手を握って、体温と脈を測った。わかってはいる、別に今どうこうなるってわけじゃないことは。何度も読んだ。繰り返し読んで、台詞さえ思い出せる。だけどあまりに恐ろしいことだったから、思わず生きていることを確認したくなった。
 脈がはっきりと命を刻んでいることに安心し、ほっと息をついて顔を上げると、花京院は目をぱちくりとさせていた。

 あ。

 いや、別に、これには他意があったわけではないのだけれど、そうだよね、真剣な話の最中にいきなり目の前の人間が駆け寄って来て、手を握ってきたらそりゃあ何事って感じだよね。うわあ、恥ずかしい。えー、えーっと、誤魔化せ、わたし。ぎゅ、と力を込める。


「か、花京院さんは、敵じゃ、ありませんよ」


 我ながら苦しすぎる繋ぎ方ではあったが、どうにか誤魔化されて! そんな願いが通じたのかわからないが花京院は泣きそうに顔を歪め、か細い声で、はい、と呟いた。ああ、なんか、本当にごめん。半ばいい加減な気持ちで言ったのに、そんなふうに泣かれそうだと、わたしのなけなしの良心がじくじくと痛む。泣かないで、やさしいひと。


「一緒に、頑張りましょう。誰のためでもなく、自分のために」


 だから今の台詞は、半分は本音。花京院はホリィさんを救うためではなく、自分のことを救ってやるべきだ。本当に救われるのかと言えば、それはわからない。それでもせめて、折り合いをつけられるようになったらいい。
 そう思い言葉にしたくせに、やはり半分ほどの嘘が含まれていた。わたしは、多分この旅で救われることなんてないだろうから。仮に救われるときが来てしまったら、それはもう多分終わってしまったときだ。折り合い自体は先ほど口に出したことでつけることができた。
 それでもわたしがこの旅を続けるのは、結局、承太郎やジョセフ……そしてホリィさんの為などではなく自分の為なのだろう。死ぬとわかっている人を見捨てられるような人間になりたくない。わたしはそこまで冷たくないはずだ。そんな状態で、生きていくなんて辛すぎる。それを抜きにしても、わたしには行く当てもない。だから、必要としてくれてるジョセフたちについていく。自分の意志はどこにあるのかとか、DIOに対する気持ちはと聞かれてしまうと間違いなく困る、ちょっとした最低な理由。でも、ただ、それだけ。


「はい、…………あ、あの、」

「はい?」

「……その…………手、」


 少し頬を赤くさせ、申し訳なさそうに俯いた花京院からダメージを受けたわたしは謝りながら手を離した。あれか! 女の子に免疫がないから、わたしでさえ手を繋ぐのはダメだったのか! 気付かなかった……!
 ごめんなさい! と慌てふためくわたしはまるでラッキースケベに定評のあるラブコメ少年漫画の主人公にでもなった気分だ。憧れの先輩の着替えをうっかり覗いちゃって焦ってるような感じ。そういう場合、先輩も案外うぶなんだよね、ド派手な下着とかつけてるくせに。
 なんてことを考えながらどうにか気をまぎらわせようとしたのだが、やはりどうにかなるわけもなく、ポルナレフが出てくるまでわたしたちは気まずいままだった。
mae ato

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