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 殴りかかろうとしていた三人を止めてくれたミョウジさんは、ぼくたちを引き連れておんぼろの車まで戻り、ぽん、と車を叩いた。ポルナレフとぼくはよくわからないと首を傾げていたが、ジョースターさんは閃いたかのように少しだけ驚いてから笑った。それはどこか気恥ずかしそうな笑みだった。承太郎もミョウジさんの行動の意味を理解したらしく、苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。


「そうかそうか、そうじゃな、そうすればよかったんじゃな」

「……そういうことか、おれとしたことが」

「あ? 二人で納得すんなよ!」

「車を壊せばいい、ってことだよ。今のところはね」


 ミョウジさんは言う。追っ手でなければ車を壊してしまえば、どうにもならないだろう。追っ手でもしばらくは足止めできるし、あの中に本当にいるかもわからない犯人をぶちのめすよりはよっぽど簡単である。
 ならば早速、とシルバー・チャリオッツを構えたポルナレフを止めてから「ヴィト、この車を止めておいて」とミョウジさんは呟いた。ミョウジさんのスタンドが出る、と思って身構えてしまう。というよりも、強張ってしまった。彼女のスタンドは、それだけ精神に影響を与えるのだ。覚悟の後、現れたのはぼくの知っているヴィトではなかった。完全に形が変わってしまっている。一言で言うのならば巨大なてるてる坊主をモチーフにした映画やゲームに出てくるクリーチャーのようだ。なのに、不思議とそこまでの恐怖を感じない。それはひとえに元々の彼女のスタンドがおぞましすぎたせいだろう。


「是」


 更にヴィトがまともな言葉をしゃべったことに驚いていると、風もないのにはためくヴィトの布の中から、ぬるり、と白い手が伸びた。それに凄まじい恐怖感を感じて息が詰まった。呼吸をしたらぼくは──そんなふうに思ってしまった。けれど周りの皆はぼくのような反応をしていない。何故ぼくだけ、と視線をヴィトに戻す。けれどそこには腕なんて、存在していなかった。……あれは、ぼくの、見間違いだったのだろうか?
 すっかり変わってしまったヴィトに対する気持ちが、皆の視線をミョウジさんに集めていた。それはもう、ざくざくざくと集めていた。ミョウジさんは当然その視線に気付いて、きょとん、とした。皆からの注目を集める意味が理解できなかったらしい。おいそれ、なんてぶっきらぼうな言葉で承太郎がヴィトを指差した。


「ああ、ヴィトのことですか。皆さんにこの姿を見せるのは初めてでしたもんね」

「ヴィトは姿を変えられるスタンドだったのか?」

「え? あーっと、もしかしてスタンドが成長することをご存知ありませんか?」

「せ、成長……?」


 つぶやいたのはジョースターさんだったが、ぼくも知らなかったし、この中ではほかのスタンドにも詳しそうなポルナレフもあんぐりと口を開けて驚いているようだった。当然この前スタンド使いになったばかりの承太郎は言わずもがなである。ミョウジさんはうなずいてぼくたちに説明をしてくれた。


「そうです。元々スタンドが未完成であることや向上心なども関係するのかもしれませんが、何かをきっかけにして、精神的に変化があったりすると、こう、スタンドも成長するんです」


 今のヴィトは外見だけでなく自分では動かずわたしの口に出した命令に従うように変わったようです、とミョウジさんが説明してくれた。周りのぼくたちは納得して頷いていると言うのに、ポルナレフだけは頷きながらもよくわかっていないという顔をしている。それに気付いたミョウジさんは、ポルナレフに向き返り「ヴィトについてはこれ以上説明しようがないよ」と言ったあとに車を指差した。


「もし追っ手ならこの車がスタンドって可能性もあるのはわかるでしょ、だから止めたの。壊してる最中に動き出したら危ないからね」

「……車がスタンドォ?」

「物体と一体化してるスタンドに出会ったことはない? わたしは鉄塔のスタンドにあったことがあるんだけど。だから有り得ない話じゃないってこと。そして有り得ない話じゃないのなら可能性は一つでも潰しておきたいの」


 ミョウジさんの説明で、あのオランウータンの船を思い出した。ストレングスと言ったか、実態のあるスタンドを操るオランウータンだった。たしかにそれを止められるのであれば、抑止力どころかそれで勝ちが決まるだろう。
 納得してうなずくぼくの横で、ポルナレフが分かったんだか分かってないんだか何とも言えない顔をしていた。たぶん、そこまでしっかり分かっていない。ミョウジさんが再度、わかった? とポルナレフに問う。その姿は、まるで年上のお姉さんと言った感じだ。そしてその姿に、ぼくはとても違和感を感じた。
 ミョウジさんの、何かが今までと違う。ゆっくりとミョウジさんの話をリピートしてみると、はっと気付いた。ミョウジさん、ポルナレフには敬語を使っていないんだ。朝からずっとそうだった。ポルナレフとぼくを含めたあとの三人とは対応が違うのだ。ポルナレフもちゃん付けをやめているし、なんだろう……癪に触る? 抜け駆けしやがって、的な感情かもしれない。


「花京院?」


 ジョースターさんに声をかけられて、変な方向に向かっていた意識が現実に戻ってきた。大丈夫か、と気遣ってくれる言葉に、ちょっと考え事をしていた、と笑って誤魔化しておく。目線を向けると、ヴィトの停止させた車からスタープラチナがエンジンを引きずりだしていた。うわ、それは結構……酷い。タイヤを外して壊すくらいでよかったのではないだろうか。
 車が解体されてしまうと、今まで存在していたサイズからシュウウ、と小さくなってしまった。元々おんぼろの車だったけれど、本当は非常にこじんまりとした車だったらしい。


「どうやらこいつは……スタンドだったようだな」

「ああ、そうじゃな。よし、ナマエちゃんが止めてくれている間に、手分けしてスタンド使いを探そう」

「ああ!」


 車の前にミョウジさんと少女を残して、辺りを捜索する。どこかに動けない人間がいるはずだ。茶屋の裏を覗いてみると、思ったよりも簡単に目当ての人物は見つかった。
mae ato

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