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「おやおや、こいつがあの車の本体のスタンド使いか」

「ずいぶんヘンテコなヤツだな。モリモリでりっぱなのは、車の窓から出ている腕だけで、あとはずいぶん貧弱な体格をしているぞ」


 花京院が見つけた動けない人間は、とんでもなくバランスの悪い男だった。車の窓から出す腕だけがすごいという、くだらないハッタリをするような男だ。ヴィトの能力を止めるようにポルナレフをナマエのところに行かせると、一分もしないうちに男は動き出してばっと両手を上げ降参の意を表した。さすがにこの距離でスタープラチナに睨まれたら、抵抗するという選択肢もなくなるということか。


「ひィえェえェエエエエエ〜〜っ!! こっ、殺さないでッ! 金で雇われただけなんですーっ」


 誰も殺すだなんてことは言っていないのに、男はガタガタと震えていた。怖いのだったらはじめからおれたちを狙わなければいいものを。ため息をつくおれに、じじいはこいつから情報を取れないだろうと首を竦めた。怯えている男からパスポートを奪い、ライターで火をつけて燃やす。それから最後に男を岩に鎖で縛りつけてしまえば、もう追ってこれないはずだ。


「それにしても今回は助かったのう」

「あ?」

「ナマエちゃんが機転を利かせてくれなければ戦うことになっていたじゃろう。なのにわしらは今回怪我ひとつしとらん。な?」


 戦わないという戦い方もあるのだ、と確かに思わせられた。このままなるべく力を温存して、DIOを倒すことが出来ればいいが、そんなことはさすがに不可能だろう。だからこそ、こんなふうに少しでも休めたことはありがたいのだが、自分がそんなことまで気が回らなかったという事実がほんの少し悔しい。落ち着かなければ助けられないというのに、おれはやはり、焦っているのだろうか。──クソ、おれらしくもない。


「すごい、ですよね。ミョウジさん」


 そうだな、と頷いてからポルナレフたちが待っているであろう場所に戻ると、何故かポルナレフが女二人に土下座していた。おれたちが戻ってきたことで許されたのか、ポルナレフが立ち上がる。更にあまり仲が良くなかったはずの女二人が仲良くなっていた。どういうことだ? そう思わなくもないが何かあったか聞くと巻き込まれる可能性があったので、誰もポルナレフには聞くことはしない。


「車のスタンド使いはしばらく使い物にならなくしてきたよ」

「そうですか、お疲れ様です。じゃあ行きましょうか」

「そうじゃな」


 すこし潰れてしまった車に乗り込み、パキスタンを目指す。車内では女がうるさくしているが、ナマエの方は本当に乗り物酔いが激しいらしく、頭を抱えたまま黙り込んでいる。しかし少ししてから顔を上げる。顔色は、目に見えるほど悪い。真っ青とまではいかないが血なんて通っていないのではないかと思うほどに白けてしまっている。しかしその横顔はまっすぐと道を見据えていた。視線の先には標識が立っており、パキスタン行きは右の道と書いてある。


「ポルナレフ……ストップ」

「んあ? どうした、吐きそうか?」

「……お気遣いどうも。でも吐かないから……そうじゃなくて、標識がさ、回ってない?」


 指差した標識はよく見ると上の看板だけが後ろを向いていて、下の看板はこちらを向いている。となれば、正しい方向を指しているとは思えない。寝てしまったじじいが持っていた地図を見てみると、どうやら左側の道が正しいようだ。ポルナレフに地図を渡すと、おー、と感嘆の声を上げた。


「右、崖みてーだぜ。やー危ねぇとこだっだな。地図はやっぱ読まなきゃいけねぇな。ナマエ、ほい」

「わたしに吐いてほしいの? 無理だよ……」

「お前、助手席ってのはなぁ、地図読む係りなんだぜ?」

「ポルナレフ、助手席ってのはね、一番酔わない席なの」

「あーわかったわかった。寝とけ。花京院、読んでくれっか」

「わかった。ミョウジさん、気にせず寝てくださいね」

「ナマエちゃん無理しないでね」

「ありがとう……ポルナレフと違ってふたりは本当にいい人ですね」

「うるせーよ!」


 花京院はともかく女までナマエを気にしていて、何やら不思議ではあったが、仲が良いことに越したことはない。真っ白い顔のナマエが眠ったのを確認してから、おれも寝ることにして、く、と帽子を被り直した。ああ、女がうるせえ。よく寝れるな、二人とも。
mae ato

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