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 ある程度仲良くなれたと思われる家出少女を空港で見送ると、ひとまず食事を取ることになった。パキスタンと言わず、正直中華料理以外のアジア料理が苦手だったりするわたしは、少々げっそりしながら食事を詰め込んだ。不味くは、ないんだけどなあ……! あの、なんていうんだろう、ココナッツ風味の料理、苦手。独特なんだよね……なんとも言えない、日本にはあんまりない味、っていうか。


「さて、それじゃあ行こうか」


 食事を終えて皆が立ち上がる。なんでわたしは、ご飯食べたのにげっそりしてるんだろう。ジョセフが支払いを済ませ、それに続いて皆が店を出た。いい天気だ。このまま散歩でもしたいところだが、時間は有り余っているわけではない。レンタカーなのか財団に用意してもらったものなのか、どちらかわからないが車に乗って次の目的地に向かわねばならない。
 わたしとしては車には乗りたくないが、それでも船よりは幾分もましである。さすがに憧れの人たちの前で吐きたくはないから、車でよかったと思わなければ。
 車に乗り込んで、走り出す前に寝る体勢をとった。酔う前に寝る。これが乗り物酔いに一番効くのだ。今度こそ成し遂げてみせる……! 次は誰と戦うのか、忘れつつある脳みその中身を掻き回しつつ、わたしは眠りについた。
 そして、ぱちり、起きた。
 別に何があるわけでもなく、車内は世間話に花を咲かせているし、運転手のポルナレフも鼻歌でご機嫌そうだ。なんで目が覚めたんだろう。外は少しだけ霧が出ているようだった。しかし視界は至って良好。しばらく車が走っていても、起きていると言うのに何故か酔わなかった。もしかして涼しいせいか? 霧、ありがたい。
 そんなふうにぼんやり考えていたのだが、霧がだんだんと濃くなってきている。霧? あ、霧ってことは、もしかして正義かな。J・ガイルの母親、ジャスティスの使い手、エンヤ婆の登場というわけだ。


「………、」


 ちらり、横目でポルナレフを見る。ポルナレフは主役といっても過言ではないくらいに、辛くて大変なイベントばかりに巻き込まれるんだよなぁ。いっそ、キャラクター的には承太郎なんかよりもよっぽど、主人公らしい人だ。
 ポルナレフにとってエンヤ婆と戦うことは、ある種最大の山場と言ってもいい。それもう、悪い意味で。彼の心に大きな傷を残すだろう。わたしの視線に気付いたポルナレフが、にっかりと歯を見せて笑う。


「お、顔色そんなに悪くねーな」

「……うん、どうやら酔ってないみたい」

「おおお! よかったなぁ、初めてじゃねぇか? 乗り物酔いしねーの」

「……そうだね」


 自分で運転すれば酔わないのだが、それは言っても仕方ない。わたしはそもそも成人に見えないし、国際免許だって持ってない。というわけで、車を運転することはできないし、左ハンドルの車を運転したこともなくて怖いので、特に皆には言ってない。みんなもわたしが運転できるなんてみじんも考えていないだろうなぁ。


「ポルナレフ、運転は大丈夫か? 霧が相当深くなってきたようだが…」

「ああ、ちょっち危ねーかなァ………なにしろすぐ横は崖だし、ガードレールはねーからな」

「うむ……向こうからどんどん霧がくるな…まだ3時前だが…しょうがない…今日はあの町で宿をとることにしよう」


 ジョセフの意見に皆が賛同すると、ポルナレフはこのタイミングでトイレの話をし始めた。たしかポルナレフはジャスティスに嵌められて便器を舐めるはめになっていたから、今考えると大層ご立派なフラグだったわけである。さすが荒木先生、やることが違う。ポルナレフかわいそう。
 それにしても、あの町には入りたくないなぁ……。ニキビが潰れてうじゅうじゅしているお姉さんやゴキブリの這いずり回るおじさんが常駐しているのだ。こわすぎる。考えただけでも背筋がぞわりとする。
 それに、こうした大きな戦いの前は、非常にわたしの頭を悩ませて……わたしはどう行動を起こすべきか。原作をド派手にぶち壊すように参入すべきか、はたまた影に隠れて助力するか、それとも何もせず見守るか。見守るだけはなしだろう。それじゃあこの前の二の舞だ。でもどうするのが正解なのか、見当もつかない。苦悩するわたしに承太郎の、犬の死体か、という声が届いた。気が、重い──知らなければ、どうとでも行動出来たはずなのに。
mae ato

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