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 ぱっと見、町は案外綺麗だったが、実情を知っているわたしの寒気はとどまることを知らない。ジョセフが話しかけたおっさんには確かにゴキブリが蠢いていたし、死体のおっさんの口からはとかげが二匹も出てきた。しかしこの場合とかげに罪はない。とかげは可愛い。異論は認めますが、わたしは、爬虫類がかなり好きな方だ。動物全般、というか脊椎動物は好きなんだ……ただしゴキブリ、てめーはダメだ。虫の中でもトップクラスに怖い。気持ち悪い。おぞましい。生理的嫌悪。いやほんと怖くない? 信じられないよね。こわすぎる。なんでだろうね、ただの虫なのに、虫って、怖い。そしてきもちわるい。黒い彼らのおかげで気分が悪くなったわたしは、口を押さえながら皆が慌てふためく様を見守った。


「なんでこいつは死んでるんだ……? こいつの顔みろよ。すげー恐怖で叫びをあげる様なこの歪んだ顔をッ!」

「わからん…この男、いったいこの銃でなにを撃ったのかッ! なにが起こったんじゃ!」

「だれも気づかないのか、町の人は…………?」


 ポルナレフの慌てふためきっぷりは世界一ィイイイ! とシュトロハイムの真似をしたくなるほどの焦りようだ。ジョセフと花京院は混乱しているものの、冷静な判断はできている。一方承太郎はと言うと、汗をたらしながらも黙り込んで死体を見ていた。こういう時に性格って出るよね。
 余裕をぶちかましていると花京院が辺りを見渡して、警察を呼んでくれと声をかけた。ぎゃ! 振り向かないで! そんな思いが通じるわけもなかったので、赤ん坊を抱えた女性は振り向く。


「ちょいとにきびが膿んでしまっておりましてェ〜〜。ところでェ〜〜〜、あたくしに何か用でございましょうかァ〜〜〜」

「警察に通報をたのむといったのだ」

「警察? なぜゆえにィ〜〜〜〜?」

「見ろッ! 人が死んでいるんだぞッ!」

「おやまあ、人が死んでおるのですか!! それでわたくしになにかできることは…?」

「警察を呼んできてくれといったろーがッ!」


 わあ、花京院がキレちゃった。わたしも話してたらキレてたかもしれないなあ、なんせ話の通じない状況というのは大層イラついてしまうのだ。それ以上にわたしはあの膿んだにきびに引いているので、会話なんてどうでもいい。にきびってさ、あそこまで膿むっけ……。膿まないよねぇ、あそこまでは普通。ひえ、かゆくなってきた……自分もなりそうで怖い……。
 あんなに大きな声を出しても、人が集まりもしない静かすぎる町に、花京院がやけに困惑している。承太郎とジョセフは、おっさんの死体をペンを使い調べ始めた。インド人だそうだ。インド人を右に。冗談です、あれはちなみに字が汚すぎて読めなかった誤植であって、実際はハンドルを右に、が正しいんだよ。無駄知識。


「なっ、なんだこの死体はッ!!」

「穴……だらけ……」

「ああ! 穴がボコボコにあけられているぞッ! トムとジェリーのマンガに出てくるチーズみてーに!」


 どうでもいい無駄知識を考えている間に、みなが死体を調べ始めたかと思ったら、ポルナレフの例えが上手すぎて笑いそうになった。いやまあそうだけど。わかるけどさ。トムとジェリー面白いよね、わたしも良く見てたよ。って、こんなこと、言ってたっけ。わたしも記憶が耄碌してきたらしい。ジョジョオタだった頃のわたしなら間違いなくはっきりと思い出して、さすがポルナレフ! 以下略みたいなことをハイテンションで伝えていただろう。たかだか半年とちょっとで記憶が曖昧になるだなんて、悲しい。
 慌てたジョセフはジープに飛び乗ろうとして、柵の上でダンスをし始めた。その様子を見ていた三人は首を傾げ、承太郎に至ってはアホか、と呟く始末であった。可哀想なジョセフ。でもわたしにも見えなかったよ、それは最初から柵だった。幻覚まで見せてくるとなると、わたしも普通に怖くなる。
 ヒタヒタと小さな足音が聞こえた。やって来たのは、──エンヤ婆。ひやりとわたしの背中に汗が伝ったような気がした。ペコリ、下げられた頭にわたしも皆も揃えて頭を下げる。


「旅のおかたのようじゃな…、わたしゃ民宿をやっておりますが…今夜はよかったら、わたしの宿にお泊まりになりませんかのォ…安くしときますよって」


 ああ、行きたくないぜ。
mae ato

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