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 ジョースター様、と呼んだエンヤ婆に承太郎が突っかかる。ぼうっとしていたわけでもないのにわたしはエンヤ婆の台詞を聞き流してしまっていて、それに気付いた承太郎の観察力には面を食らってしまう。本当に、すごい人だ。それを上手いことかわしたエンヤ婆はポルナレフと楽しそうにしているが、腸が煮えくり返っているに違いない。
 ロビーに通され、宿帳に皆が名前を書かされる。わたしは最後だった。

 Tenmei Kakyoin
 Qtaro Kujo

 承太郎に関してはなかなかぶっ飛んだ発想をなされている。Q太郎とか可愛すぎてもう……きゅーちゃんじゃん。呼ばないけど。殴られたくないし、怒られたくもないし。わたしは、どうしようかな。あ、そうだ。

 Rohan Kishibe

 本来ならまだ十歳の露伴ちゃんの名前を書くのは、まあ、なんていうかその、出来心だ。DIO様の名前でも書いてやろうかと思ったが、わたしが知っていたら疑われかねないのでやめておいた。通された三階の部屋へと向かう。OVA版だとここで大層危ない目に会うのだが、まさかここまできてOVA版ということもないだろう。違うよね? 違うって言ってね。
 階段を上っている最中、何故か花京院と目があった。が、すぐ反らされた。……あー、なんかあるなぁ、あれは。あとで花京院の部屋に行こうと決め、とりあえず自分の部屋に向かう。ここには泊っている人が少ないし部屋の壁も薄いからという理由で一人部屋でいいだろうと話し合った結果である。もうすこし正確に言うと、この民宿、二人以上の一緒に泊まれる部屋がない。なので強制的に一人部屋になったが、まあそういうわけで大丈夫じゃないってなったわけだ。それにはわたしも別に賛成なのだが、エンヤ婆は正気か? 民宿で家族で泊まれないの普通に困るだろ。もうすこししっかり設定練ってくださらない?


「部屋は綺麗、だけどねぇ」


 民宿は霧で見せているだけで廃墟なんだっけ? 記憶が曖昧で、不安である。どうせすぐ出ることになるのだし、廃墟だとわかっているから、のんびりする気は起きない。すぐさま部屋を出て、ふたつ隣の花京院の部屋の扉をノックした。


「はい……あ、ミョウジ、さん」

「花京院さんお暇でしたら、ちょっとわたしとお話ししませんか?」

「えっ、あ、はい」


 笑って言えば、花京院は少しだけ驚きながらもわたしを部屋に招き入れた。内装はわたしの部屋と変わらない。シングルベッドにサイドテーブル、小さな棚に、一人がけのソファ。ベッドに座った花京院と対面するようにソファに腰かける。花京院を変なふうに刺激しないように、なるべく優しく話しかけた。


「どうかしました?」

「え? いや、その、なんでも」

「気を使わず、ほら、わたしに言ってください」


 仲間でしょう、といやらしくも直接的に促せば、花京院は困ったように表情を変えながら頬を掻き、視線をさまよわせた。一分ほど経つとわたしの目線に根負けしたのか、言いづらそうに口をゆっくりと開いた。無理やりだっただろうか。


「ミョウジさん、その、さっき口に手を当ててましたよね?」

「え? ああ、ゴキブリが見えたので、思わず。昔は虫も平気だったんですけど、この年になると、どうにも……」


 まさか見られているとは思ってなかったが、心配してくれていたらしい、とわたしは情けない気持ちになった。しかしながら、花京院はぽかん、としてしまってどうやら驚いている様子。え? どういうこと? わたしが再度首を傾げると、花京院は顔を青くさせた。え、な、なんだぁ? わたしは困惑した、とても!


「あ、あの、す、すみません……! 勘違い、してしまって……!」

「え? な、なにを? どうしたんですか?」

「てっきり、ミョウジさんが変わってしまったのだと、違ったのだと、思ってしまって」


 恥ずかしいです、すみません、本当に、としきりに謝りながら何故か泣きそうになっている花京院に、今度はわたしがぽかんとさせられてしまう。……情報を整理しよう。花京院は、わたしが気持ち悪くなっているのを見て、“変わってしまった”“違った”と勘違いをした。何をだ。えーと、あの時何があった? 虫じゃない、にきびじゃないだろ、とかげも違う。あ、死体か。死体ね。はいはい、なるほど死体ね。そういうことか。なるほどね。


「花京院さん……そんなに簡単に、人は変われないものですよ」


 とても悲しい話だ。わたしたちは死体を見ても、何も思わない。それは強靭な精神や高潔な性質ゆえではなく、人としてズレてしまっているからだ。わたしも、あなたも。瞬く間に変わることなどあり得ない。隠し持ってきた本質、日常生活では気づきもしなかったであろう異常性。今更露見しただけで、きっと、ずっと奥底にあったもの。どうしようもなく、それがわたしたちなのだから。
mae ato

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