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「こんにちは、奇遇ですね。またどうしてこんなところに?」


 ナマエは親しい友人に出会ったかのように、おれに笑いかけた。少しの間会ってないだけなのにも関わらず、ナマエを取り巻く空気が変わっているように感じる。気のせいかもしれないし、事実かもしれない。どことなく吹っ切れたような、大人びたような、決断したあとのような、そんな雰囲気が感じ取れた。悪く言えば、おれたち側に近づいてきている、ような。
 だけれどおれは、口を噤む。注意や警告をするようなことはない。
 おれは明るい女が好きだし、女が楽しく生きるに越したことはないと思うし、ナマエに戦いは似合わないと考える。ただし、ナマエが自分から踏み込んできたのなら、話は別だ。人の気持ちなど変わりやすい。おれもまた然り。戦わず傷付かないことを望むよりも、自分と同じ位置に引き摺り込めることを心から喜ぶ。人間なんて、そんなものだろ?


「ああ、エンヤ婆──下に倒れてた婆さんがJ・ガイルの母親でな、情報が漏れるならまずここだろうと確認しに来たわけだ。ま、殺されかけちまったわけだが」


 穴の出来てしまった右腕をあげれば、ナマエは顔をしかめたあと、小さくため息をついて曖昧に笑った。笑い事じゃないでしょうに、とおれの胡散臭い笑顔を見上げながら。お前だって、笑っているくせに。そんなふうに茶化せばもっとナマエが困るであろうことは想像に難くないのでやめておいた。


「で、どうでした」

「いいや取りつく島もねぇってなわけで、情報は掴めなかった。おれァこのあとDIOんとこまで戻る」

「そうですか。わかりました」


 ナマエが頷いたのを確認して、おれは踵を返したのだが左手を掴まれた。これ以上話していて、連中に怪しまれるのは得策ではない。そんなことはわかっているはずなのに、と訝しんだ表情で振り向けば、何故かきょとんとしたナマエがいた。その顔を見てこっちがきょとんとしてしまう。なんで引き止めたお前がそんな顔をしてるんだ。


「右腕の傷、消毒していかないんですか?」


 は? と口に出すよりも早く、ナマエはそのまま歩き出し、おれをひとつの部屋へと連れ込んだ。そこはどうやらナマエに割り当てられた部屋だったらしく、荷物の中から消毒液や包帯を取り出し、素早く手当てをしてくれた。どうやら疑問形で発せられたはずの言葉は、されていけという命令形だったらしい。手当てを受けた腕を見て満足そうに笑うと、ナマエはおれを見上げる。


「これでひとまずのところは大丈夫かと思います。時間があるなら、あとで病院に行った方がいいかもそれません」

「……ああ、悪ィな」

「いえ。それから外にジープがありますからそれで逃げてください。鍵は多分ジョースターさんが保持しているので……どうにかご自分で開けられますか?」

「ちょ、ちょっと待て。ジープがなかったらお前も困るだろ?」


 おれの反応にしばらく眉をひそめ、更には首まで傾げていたナマエだったが、ことを理解したのか、ぽんと手を叩く古臭い動作を行なった。寧ろ、首を傾げたいのはおれの方だ。こんな場所にそのまま放置される危険性はそれなりにわかるはずだろう。こいつ、もしかして馬鹿なのか? いや、そんなことはないと思うのだが……お人好しにしても度が過ぎる。ナマエは有無を言わさぬ笑みを浮かべている。


「どうにかなりますよ。旅人がいましたし、ここらを誰かしら通るのは間違いありません」

「……だけどな、」

「いいからいいから。さ、行ってください。そろそろ怪しまれます」


 行こうとしたおれを連れ込んだのはナマエの方だろ、と軽口を叩きながら、結局おれはナマエの案に乗ることにした。どうせおれの乗ってきた馬は殺されてしまっただろうし、実際ここから一人でどうにかするというのは厳しい。ならばその言葉に甘えてさっさとこの僻地を脱け出してしまおう。歩き出したおれの背に、声がかかる。


「無理はしないでくださいね、どうかお気をつけて」


 ちらり、見た顔はやはり前と同じで、戦いの似合わない表情だった。ため息をつきながら、手を振る。あまり揺さぶらないでほしい、どうしたらいいかわからなくなっちまう。
mae ato

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