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 どうやら、記憶が曖昧になってきているらしい。ホル・ホースがここにいることが、原作通りなのか、それともわたしがホル・ホースを懐柔してしまったことによる弊害なのか、わからない。それじゃあ行動の起こしようがない。覚えていることについて、何かに書き起こすのが一番いいとは思うが、見られたときに言い訳のしようがない。──ないないだらけだ。
 誰もいないこともあり、キツい舌打ちをしてから乱暴に荷物を担ぎ上げる。ジョセフの部屋、ポルナレフの部屋、承太郎の部屋、花京院の部屋、すべてを回りきり荷物を抱える。五人分は多いが、お遊びの旅行ではないため、わたしにも荷物は最小限で持てないことはない。ただ如何せん全員身長があるせいで服がでかいのか、やっぱり、重い。……花京院を連れてくるべきだったかな、でも、ホル・ホースがいたしなあ。
 やはり原作についてしっかり思い出す、または正確な情報を持たなければならないだろう。下手すれば命に関わるミスを犯す。それでホリィさんも救えず、味方が全員死亡だなんてことになったらとんでもない失態だ。気を引き締め直そう。


「お待たせしました!」


 少し息をあげて戻れば、皆がこちらに振り向いた。ポルナレフをからかっていたらしいジョセフは、腹を抱えて大爆笑しているが、楽しそうなので放っておく。ポルナレフは直ぐ様近寄ってきて、消毒薬を要求してきたので、苦笑いで渡してやる。それからそれぞれの足元に荷物を置いて、最後は承太郎の前に腰を下ろし、自分の荷物から消毒液と包帯を取り出した。


「……ああ、悪い」

「いいえ、お気になさらず。自分の身体の手当て、大変ですから」


 承太郎の足を注視する。ズボンを裂いたら、多分間違いなく怒られるだろうな。たしか十三巻か何かで保険医のお姉さんに手当てしてもらうときに脱ぐって言ってたし……うーん、捲るか。遠慮なくズボンを捲らせてもらい、傷をじっくりと見てみる。ううん、穴、開いてます……ホル・ホースほど大きい穴ではないけど、多分貫通してるよね? これ、手当てレベルでいいのかな? っていうか、ジープ持ってけって言ったけど、この足で歩かせるとかわたし鬼畜すぎるだろ。すまない、承太郎。内心本気で謝りながらも騒ぎ立てることはできず、手当ては簡単に終わった。


「はい。お疲れ様です」

「助かった、ありがとな」

「いえ。それと、ズボンが裂けてますけど……どうします? 目立たないように繕うくらいは可能ですけど」


 そう言うとビックリしたように、承太郎が目を見開いた。更にはポルナレフにまで驚いた顔で見られるという、わたしとしては大変心外な出来事が発生した。完全に舐められてますよ、わたし。舐め舐めですよ。それくらいできますから! ミシンなくてもできますから! 怒りたい気持ちを全て笑顔に込めてにいっこり。


「その顔は何かな、ポルナレフ」

「いや! だって……なあ?」

「空条さんに同意を求めない。はっきり言ってくれていいんだよ? ん? ほら言ってごらん。な、あ、に?」

「…………なんでもねーよ、ああ」

「だよね」


 あからさまにお前に裁縫なんて出来んのか? びっくり! な顔しやがってこんちくしょうめ! 目立たないように繕うくらいは針と糸と布さえあればできるんだよ、わたしにも! 学校の授業でも習ったっていうのに、全く失礼なやつだ! ……もしかしてフランスの学校ではやらないのだろうか。それなら仕方ないな。あとで調べるのはやめておこう、心が折れるだろうから。


「出来るんなら、頼む」

「……はい!」


 ポルナレフとは反対に、承太郎は気持ちを酌んでくれていい人だ。出来るんなら、なんて言葉は聞かなかったことにする。連続して戦うばかりなわけでもないし、時間空くだろうから、針と糸と布を買わせてもらおう。話はそれからかなー。計画を立てて楽しくなっているわたしに、承太郎から手が伸びてきてがしがしと頭を撫でられた。ハッとして頭から手を離すまでの数十秒、わたしだけでなく皆からの冷たい目線を承太郎は集め続けた。


「いいですよ、子ども扱いで」

「わ、悪い、つい」

「お気になさらず。どうせ、童顔幼児体型なんでしょうから」


 ついつい嫌味のような卑屈を吐き出すことくらい許してほしい。だってわたし、不覚にも撫でられてほわっとした気持ちになってしまったのだから……犬じゃないんだから、そんなことで喜ぶのやめよう? ね?
mae ato

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