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 目を覚ますと市街地でした。嬉しくて叫ぶかと思ったけど、起きてすぐは声が出ないので大丈夫だった。そんなことしたらアホ扱いではなく、キチガイ扱いを受けてしまうだろう。
 しばらく花京院の肩をお借りしながらぼうっとしていると、眠る前までは吐き気がひどかったはずなのに、今は何故か気持ち悪くならず、振動が心地よいとまで感じられた。寝ぼけているからだろうか? それとも道が舗装されたものだから? ……まあ、後者かな。絶対、寝ぼけているとか関係ないもんな。さて、いい加減に起きるかな。花京院の肩をおかしくしちゃうよ。


「……おはようございます」

「あ、おはようございます。眠れました?」


 のっそりと起き上がったわたしに、くすりと笑った花京院はとても綺麗でなんだかとてつもない羞恥心が湧いてきた。花京院の隣からポルナレフも顔を出して、よく寝られるな、と笑った。たしかに敵と一緒の馬車に乗っているというのに、わたしは緊張感も何もなくぐっすりだった。襲われないという思い込みによるものだろう。


「髪が半分だけ潰れてんぜ」

「お、ナマエちゃん起きたか。じゃあそろそろ飯にでもしようか」


 振り向いたふたりがそう告げる。座っているだけだと思われる承太郎はいいが、ジョセフは手綱持ってるんだから振り向かないでほしい。気持ちはありがたいが、馬が暴走したらと思うと怖すぎる。ちょっと心臓が止まりかけた。ジョセフはあたりをきょろきょろと見渡すと、近くにドネル・ケバブの屋台を発見した。
 そこにはサングラスをかけた暑苦しい民族衣装の男が立っていた。──ダンだ。それは覚えている。英語で話していてわたしには、さーっぱりわからないのだがこの場面はぼったくられているはずだ。しかしまあ、近付くためとはいえ、なんでダンはこんなことしてるんだか。それともバレない予定だったのかなあ? というかそもそも近付く必要あったのかな、ラバーズってかなり射程距離あるんだから遠くから見てればよかっただけなんじゃ……。


「おいッ! みんな、そのバアさん目を醒ましておるぞ!」

「えッ!」


 ジョセフの声に振り返ると冷や汗たっぷりのエンヤ婆がガタガタと震えながら、わたしたちの先を見つめている。エンヤ婆は英語で何かを呟いた。DIOと言ったのは聞き取れたが、如何せんわたしの英語力が低すぎて何を言ってるかもわからないし、聞き取れたとしても理解力が低くて意味がわからないというダブルコンボをお見舞いされてしまった。
 少し悲しい気分になって、ダンの方を見てみると何故かゆっくりとした動作で服を脱ぎ捨てていた。あれは間違いなくナルシストだ。ふっ、俺様格好いいぜ……的なことを考えているに違いない。承太郎の顔を見た後だとさすがにダンの顔にそこまで魅力を感じない。
 ──叫び声。
 後ろからのあまりの叫び声に飛び降り、振り返れば顔面から触手が出ているリアルホラーな姿のエンヤ婆。ポルナレフが英語ではない言語で驚いている、多分フランス語だろう。エンヤ婆もダンも、それからみんなも、きっとわたしがいることなんてどうでもよくなっているに違いないっていうか絶対忘れてる。飛び交うのは英語とエンヤ婆の血飛沫くらいなものだ。
 ふっ……内容自体は知っているが、全くついていけない、ひたすら困惑。……大体は覚えてるから問題はないと思うんだけどね。でもホル・ホースを忘れるという前例があるからなあ、自信が薄れてきた。
 エンヤ婆の身体から、大量の血液が飛び散る。でもとっさに花京院が庇うように立ってくれたおかげで、わたしには血の一滴も付着していない。ありがとう、花京院!


「わたしの名は、ダン……鋼入りのダン。スタンドは“恋人”のカードの暗示」


 突然日本語で自己紹介されれば、否応なしに視線が集まる。どうやらわたしのことを思い出してくれたようだ。ありがとう! でもすっげー不自然だよ!
 ダンの口元は、にい、と笑っており、この時点で既にあまり紳士的とは言えない表情の作り方だ。最終的にしゃべり方も底辺のゲスって感じだから、仕方ないのだろうか。猫かぶり下手男か?


「君たちにも、このエンヤ婆のようになっていただきます」


 わたしの脳内とは反対に、緊迫した空気が流れた。
mae ato

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