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「もうすでに戦いは始まっているのですよ、ミスタージョースター」


 口元に浮かぶ笑みと、その隙間から溢れる血液が、なんともそぐわない。周りを見渡し探る承太郎たちとは違い、わたしはダンから目線を外すことを良しとしなかった。
 ──隙があれば、止める。
 恋人戦では大して彼らが成長することもないだろう、小さくなるなんてのは機転でどうとでもなる……と思いたい。ジョセフも承太郎も、結構な怪我をするはずだ。だから今回の被害は最小限に済ませるつもりでいる。けれどわたしの考えがそう全てが上手くいくわけではない。ダンは近くにいた掃除をする少年に足を殴らせる。同時にジョセフが激痛に喘いだ。ポルナレフたちは動揺、ちらりと目線をやると承太郎も汗を流していた。


「気がつかなかったのか!?」


 大げさで演技染みたダンの声。この隙ににじり寄りたいところだが、ダンは何気なくわたしを視界に入れ、一歩踏み出せば二歩下がられる。だからと言って走れば間違いなく止められてしまうので、近寄るに近寄れない。にんまりとした嫌みな笑顔が、端正な顔に似合っていて実に憎たらしい。
 ……どうやらわたしの能力について、バレてしまっているらしい。わたしの考えは浅はかだったということだ。少なくとも進化後の能力について知られていないのであれば、ある程度詰められるつもりでいたのに、近づくことさえできないでいる。
 どこからバレたかな……ホル・ホースか、ズィー・ズィーか。しかしホル・ホースは、射程距離云々の前にわたしの能力を防護壁しか見ていなかったように思える。防護壁だと思っているのなら、強いて逃げる必要などないはず。ならば、ズィー・ズィーか。あの野郎、わたしも一発くらい殴っとけば良かった。


「ジョセフ・ジョースター、わたしのスタンドは体内に入り込むスタンド!」


 ダンはご丁寧にも説明を始めた。普通、スタンド能力の説明など致命的な弱点に繋がるが、ダンの能力の場合、寧ろ説明こそ必要であると言える。しかしまあ、やはり話に聞けば聞くほど、ラバーズは弱い。体内にいると考えれば恐ろしいが、そうでなければ驚異はない。小さいだけに実用的ではあるが、だったらハーヴェストの方が断然有利だし、相手を殺すにしても些か不十分。何故対複数戦を行おうとしているのか。暗殺や拷問、逃走時ならいいが、正々堂々と対峙するなんて馬鹿げている。
 だって、ここでジョセフの命を切り捨てないと、どうして言えるのだろう。最後の最後で、ホリィさんの命とジョセフの命、となったら間違いなくホリィさんの命が優先されるはずだ。その為の旅なのだから。……まあ、彼らがそれを選べるとは、わたしも思っていないが。


「しかも“恋人”はDIO様の肉の芽をもって入った! 脳内で育てているぞ!! エンヤ婆さんのように内面からくいやぶられて死ぬのだ!」


 走る緊張。瞬間、もう一度少年がほうきの柄でダンの足を叩いた。ジョセフが痛みで思わず仰け反る。ダンの口からは笑みが消え、ジロリと少年を睨むと思いきり殴り飛ばした。その隙を突いてわたしも、花京院の背から全力で飛び出した。すまん少年、とこの時を待っていたことを心の中で平謝りしながら、ヴィトを出してダンに向かって走る。この好機、逃してたまるか。


「ヴィッ、」

「止まれッ!」


 自分の腕を思いきり叩きながら、ダンはこちらを睨んでいた。ジョセフから上がる悲鳴に、思わず足を止めてしまった。……やられた、目測二メートル十センチ。これじゃあ射程距離が二メートルあるかないかのヴィトが使えやしない。やってみてもいいけれど……ダンが懐から取り出したナイフはダン本人の首元に当てられる。わたし基準のスピードで、間に合うか? さすがにリスクが高すぎる。深いため息をついて両手を腕にあげた。


「ミョウジナマエ、と言ったな。気の強い女も行動力のある女も、頭のいい女も嫌いじゃあないが、お前に行動されたくはない。絶対にしゃべるな、勿論スタンドも使うんじゃない。お前の能力をくらいたくはない。──わかっているな?」


 こく、と頷くと良い子だ、とまたにんまりとした笑みをこぼされた。ああ、もう、信じられない。ゴミカス! なにやってんだわたし!
mae ato

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