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 わたしはただ黙って、手をあげ、やり過ごしているしかなかった。少しでも動こうとすれば、ダンは自分の身体に暴行を加え、ジョセフが痛みで絶叫をあげる。祖父が後十分の命だと告げられて、承太郎がダンを殺そうとするが、それは失敗に終わり、逆にやられてしまう。わたしと承太郎を見て、頭を抱えていたジョセフだったが、ハッとした瞬間、走りだした。ポルナレフと花京院は、承太郎とわたしを心配そうに見ながら、ジョセフを追いかけて行った。
 わたしは動くことは許されず、承太郎が致し方なく残り、ダンは承太郎に無視されてキレている。面白い状況なのに、今は笑えない。笑えるものか。本当、わたし、何やってんの。足引っ張ってどうするのよ、何しにここまで来たの、ふざけるなよ、馬鹿じゃ済まされない。つけがどうのこうのと話し合っているのを、これから承太郎が痛め付けられる様を、わたしはただ見ていることしか出来ない。


「ほー、じゃあもっと借りとくとするか。おい、承太郎、ナマエをこれで縛れ。猿轡もだ」


 承太郎に渡されたのは、白い布と普通のガムテープだった。嘘でしょ、マジ? 暗い思考がぶっ飛ぶほど、普通に驚いた。どこにあったのよそれ、っていうか、え、それ、あの……。それを見て、思わず顔がひきつる。縛られるなんて本当にわたし、絶体絶命大ピンチだ。下手したら御臨終フラグが立ってしまうのではないでしょうか、その、一般人の方からの。何かやばいことになりません?


「早くしろッ! てめー、ジジイが死んでも良いのか? あ?」


 ダンは手をガツンと柱にぶつけた。どこかでジョセフが苦しんでいるであろうことは、簡単に想像できる。それを見て、一瞬ぱっぱらぱーになりかけた頭が冷えた。わたしが縛られるくらいで済むなら、やすいものではないか。苦い顔の承太郎がわたしのところまで来て、小さな声で謝った。彼は何も悪いことなどしていないのに。


「悪い、」

「気にしないでください、わたしが、悪いんです」


 苦笑いをすることしかできないわたし。ここでヴィトに小声で命令できたらいいけど、ヴィトのヴィジョンが出た時点で絶対にダンはわたしに近づかない。先に小声で告げておくことはできないのだ。当然、ダンはわたしに近づくなんて愚かなことはしない。
 承太郎はまず猿轡をわたしに噛ませたが、すこしばかり緩い。驚いて目を開けるようなことはない。ひたすらに大人しくしている。ガムテープを切り、手や足もキツく見えるように巻きながらもやはりそれは脱け出せる程度には緩かった。もしこれでダンの気さえ緩めば、やれるかもしれない。


「ちゃんとキツく縛れよ」


 ダンの声に反応することもなく黙々と作業し続ける承太郎に、ダンは苛立ちを隠そうともせず舌打ちをした。近くにいたおじさんに駄賃だと金を渡すと、わたしをきちんと縛っているか確認させる。……ああ、ヤバい。そうは思ってもどうすることもできず、おじさんはダンにきちんと縛られていないことを、多分、報告してしまったのだろう。


「縛れっつったろーがッ!」


 ダンの怒声が響き渡り、承太郎は蹴りを入れられる。更に駄賃を渡すと、おじさんにわたしを見張っていることと、きちんと縛るように命令した。おじさんはそれはそれはきちんと仕事を全うし、これ以上にないくらいキツく縛られてしまった。
 ダンは楽しげに笑いながら、承太郎を連れていってしまった。これから承太郎は橋にされたり、宝石店で窃盗されたりするのだろう。わたしはただそれを、ここで横に倒されながら、ただひたすらに見ていることしかできないのだろうか。とても、情け、ない。
mae ato

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