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 ──勝った、第三部完ッ!

 なんてことを頭の中で考えながら、ダンが再度気絶した瞬間、わたしも後ろにぶっ倒れた。ダウンして一番最初に目に飛び込んで来たのは、あからさまに怒った顔の承太郎で、思わず背筋が凍った。え、な、なに? オーバーキルは許せないタイプでしたっけ? て、てめーはおれを怒らせた? オラオラですか!? そんなわたしは目をぎゅっとつぶるが、降ってきたのはパンチではなく、ため息と聞き取れない言葉だった。目を開けて、見上げる。


「う゛ん……? 何か、言いま゛しだ?」

「……とりあえず病院行くぞ」

「もう゛大丈夫でずって!」


 先ほどよりもずいぶんと言葉がはっきりしてきている。結構ひどく蹴り飛ばされたけど、血が出たのは鼻とか喉とかの今まで切れたことのある場所だけだった。たぶん、内臓なんかも大丈夫だろう。
 あはは、と笑ったわたしに注がれたのは、とんでもなく強烈なぎらりとした睨みでした。……思わず固まった笑顔のまま、ゆっくりと頷かざるを得なかった。頷かなかったら、殺られる。それくらい本気で怖かった。
 ダダダ、と足音が聞こえてきたかと思ったら、三人が走ってこちらに向かって来ているのが見えた。倒れたままの体勢だったが、おーい、と手を振ってみる。承太郎に睨まれた。…………うん、ごめんなさいね。でもわたしから見れば、承太郎だって結構、酷い怪我してるのに。そんなこと言ったらまた怒られるのは目に見えているので笑顔で黙っておく。


「大丈夫じゃった、か……ナマエちゃん!? その怪我……!」

「ナマエさん! ひ、酷い怪我だ!」

「まあ゛ちょっどありまじて、大丈夫ですよ゛」

「喉もやられたのか! ひっでぇ声じゃねえかッ!」

「ポルナ゛レフ、こーいうどきはハスキーボイスって褒め、うぇ゛ッほ!」

「あー無茶すんなこの馬鹿っ!」


 げはあ、と切れた喉により血を吐いたわたしは、あえなく病院へ連行されることになってしまった。ポルナレフに背負われ病院へ行き、花京院と一緒に診察室へ入る。何を言っているのか全くわからない医者の通訳のためだ。暴漢に襲われた、と説明したらしいが、幸いなことに触診だけで済んだ。ヤブ医者の可能性も否めないが、検査はするまでもないらしい。骨も折れていないし、蹴られたところが酷い内出血の痣になってはいるが、問題はなく湿布を貼っていれば時期に治るそうだ。根性焼きと擦り傷は消毒しとけばいいらしい。根性焼き消毒だけでいいって本気か? 絶対ダメだろ。花京院もそう思ったみたいで、なんか言ってくれて、なんか塗り薬が出た。いまいちわからんが、何の塗り薬なんだ……。喉については薬を飲めとのこと。
 顔面や腕などの傷にはガーゼを貼られ、花京院とひとまず問題なさそうでよかったと会話を交わしながら待合室へ戻ると、別の診察室に行っていたジョセフと承太郎、それから待っているだけのポルナレフがベンチに座っていた。


「おっ、ナマエ顔面ガーゼだらけじゃねーか」

「包帯まみれにならなかっただけいいよね」

「まあ、そうか。つーか声! さっきほどガラガラじゃなくなってんじゃねーか」

「まあね。とりあえずは問題なし! 大丈夫! 痛み止めも飲んでるし」

「ナマエちゃんが元気そうで、本当に、よかった」


 すまなかった、とジョセフに頭をがっつり下げられた。わたしこういう空気は心底苦手だし、ジョセフが人質に取られたことについて責任を感じているのはわかるけど、捕まったのはわたしのせいだから、謝られても困る。なまじ涙声だから、余計にこちらも申し訳ないというか……。しかしながら今回のことはよっぽどショックだったのか、ジョセフも引き下がらない。まあ、自分で言うのもあれだけど、嫁入り前の女子がこれだけ怪我したら、そりゃあ、気にもするか、な、とは思う。しかもジョセフにとっては孫くらいの年の子だ。余計につらいよね。でも自分のことだとそんなふうには思えないというか。


「何か、詫びをさせてほしい!」

「え、ええー、いや、ジョースターさんのせいじゃありませんし、そんなの、いいですって」

「なにか欲しいものでもいいぞ!」

「いや、あの……話をきいてくださ、」

「いいや! 今回は引かんぞ!」

「えええ……でも、例えば、日本食が食べたいです、とか言っても無理ですよね?」

「……ああ、………ここらじゃ無理じゃろうなあ……」


 ジョセフが酷く落ち込んでしまったのを見て、心が地味に痛む。でも日本食が死ぬほど食べたいのは事実なので、言ったことは別に後悔していない。普通に日本食食べたい。もう自分が作った料理でもいいから日本食が食べたい。一部を除いてアジアのご飯は苦手なのだ。白米が食べたい。鮭が食べたい。緑茶が飲みたい。酒が飲みたい。……酒か。なるほど、まあ、それならいいか? 


「じゃあ酒盛りしましょう!」

「さかも、……え?」

「アルコール消毒です!」


 酒飲みの言い訳ナンバーワン、アルコール消毒だぁ!
mae ato

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