デーボの声に心臓が跳ねて、頭の中にさっきまでの混乱がぐちゃぐちゃと広がっていく。 落ち着いて、と思っても自分の感情はうまく纏まらず、それでも返事をしなければ怪しまれる、確信される、と、声を出して、
「え、? やだなぁ、ちょっと連絡入れなきゃって思っただけですよ」
『嘘つくな馬鹿が。声が震えてるぞ』
失敗したらしい。震えてなんかないよー、だなんて誤魔化せない。だって、本当にわたしは震えているのだ。声だけじゃなく、受話器を持つ手がかたかたと無様に震えた。何も言葉にすることができない。ぼろが出て、どうしようもなくなることはわかっていたから、どうにか、どうにか聞かなかったことにしてほしいと考えるばかりで。
『話してみろ』
けれどデーボじゃないみたいに優しい声をして、まるでわたしの頭を撫でながら問うようにした声でそんなことを言ってくれたから、多分、誰かに吐き出したかった声をわたしはゆっくりとこぼした。
「…………あの、ね、本当は、確実に助けられたの、だけどわたし、見殺しにしてしまって」
エンヤ婆をわたしが助けることは、その行為自体は、至って簡単なものだった。ヴィトを小さくしてエンヤ婆の脳幹で待ち伏せをしてもいいし、変装して現れたダンを止めてもいい。だけどわたしはそれを選ばなかった。エンヤ婆を助けることで後々またエンヤ婆に襲われる可能性や、助けようと行動を取るとジョースター一行から何故襲われそうなことがわかったのか、問いただされるに決まっていたからだ。わたしは、わたしの保身で、エンヤ婆を見殺しにした。汚い方法だったけどそれが一番最善で最良だったはずなのに、
「助けられるはずだったの」
エンヤ婆を見捨てた代わりに、ジョセフや承太郎を助けられるはずだった。ダンの隙を突いてやれるはずだった。誰が怪我をすることもなく、ダンから情報を引き出して、それで、次の町に向かうはずだった。
なのに、わたしはダンを倒せなかった。それどころか足手まといになって、助けられる側に回ってしまった。囚われのヒロインみたいな、馬鹿らしいポジションに据えられて。傷付く様をまざまざと見せ付けられて。何もできずに。ただ、地面に転がっていた。
「わたしがいたのに」
ジョセフも承太郎も、わたしがいないはずの世界より酷い目にあった。ただわたしの出来が悪いばかりに。己の力を過信しすぎたせいなのか、それとも救える命を捨ててまで知らない未来がこないように動きやすいように原作に沿ったまま進もうとしたからなのか。ぐるぐるとそのことが頭の中を回る。こびりついて離れなくなって、わたしには理解できない。
「どうしたらいいか、何をすればいいか、わからない、の」
わからなくなってしまった。わたしのしてきたことは、しようとしていることは間違っているのか、これからどうすればいいのか、できることは何で、できないことは何で、しなきゃいけないことはなんなのか。わたしは正しいのか? 正しい、正しくないなんて嫌いなはずなのに、いつの間にかそう考えて考えて考えて、けれど答えなど出るはずもなく。この世界この時代での方向性を失いそうだった。そもそもわたしに方向性などあったのか? 目標がない。目的がない。わたしは何をすればいい? いつもは誰かが提示してくれてたのに、ここでは誰もが教えてくれない。わたしは、どうすればいいの。何をしたらいいの。どうしたら、
『馬鹿かお前は』
わたししかいないどろどろでぐちゃぐちゃな思考の沼地に、デーボが入り込んできた。呆れたような、それでいて、なんでも許してくれていると錯覚してしまうほど、あたたかくてやさしい声。
『お前が何をどうするかはお前自身で決めるものだ。何をしなきゃいけねーなんてことはない。誰かのためなんかじゃなく、お前がやりたいことをやればいい。おれは例えお前が大量殺人鬼になっても味方でいてやる』
「あは、はは、」
大量殺人鬼になんかならないよ、と言いながら、ぽたぽたと涙がこぼれた。また、忘れてたのかな。露伴ちゃんにも言われたのに、デーボにまで言われちゃったや。やりたいことをやれだなんて、あんなにきつく叱られたのに。
「ありが、と」
初心に戻ろう。わたしの汚さなんて、矛盾なんて、くだらないものは全部置いておいて。素直に、純粋に、心の底から。わたしは、仲間と呼んでくれた人たちを守りたい。わたしは、ここにいる知っている人間を死なせたくはない。わたしは、わたしの生かしたデーボを殺しておいた方がいいとは思わない。ずっと一緒にいると約束した。大丈夫、
「デーボだいすき」
原作なんか、もういらない。
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