光が顔に当たって目が覚めた。手でその光を遮りながら、身をよじった。シーツの肌触りが心地よく、もう少し眠っていたいと微睡んだ意識が途端に覚醒する。
おれはいつ、ベッドに入った?
ゆっくりと起き上がって周りの状況を確認しようとすると、ナマエは既に起きていてソファでおれの穴のあいたズボンを繕っていた。ぱちん。糸が切られる。顔を上げたナマエはおれの視線に気が付くと、すこし驚いたあと思いついたようにからかうような笑みを見せた。
「おはよう、空条くん」
その言葉に違和感を覚えた。昨日までのナマエはおれのことを空条さんと呼び、敬語で話していたはずだったのに、今はまるで違う。昨日、何があっ……。自分が昨日やらかしたことを思い出して、顔に熱が集まっていく。痛いときは泣いてほしいとか隠してほしくないとか頼ってほしいとか、非常にガキ臭いことを言いながら、おれが、……泣いたことを。
思い出して自己嫌悪に襲われるおれを見ながら、ナマエはニマニマと口元を緩ませて、実に意地の悪い言葉を口にした。
「どうしたの空条くん。あ、ほら、仲間なんだからわたしに話してみたら?」
「……ぐっ…! ……お前、いい性格してやがるじゃねぇか」
「あはは、冗談、じょーだんだよ。そんな怖い顔しないで?」
ごめんね、からかったりして。そう言ったナマエはもうからかうように笑ってはいなかったが、一向に恥ずかしさが消え去らない。ナマエは繕ったズボンを軽くはたいてから顔を背けていたおれに渡した。その顔はいつも通りの穏かさがあるばかりだ。
「これで大丈夫だと思うよ。駄目ならもう一回やるから言ってね」
「、悪い。ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、ありがと」
本当に礼の念が伝わるような優しい笑みを浮かべてナマエが笑う。 一瞬、なんのことを言われているかわからなかったが、話の流れを汲めば昨日のことだろう。礼を言われることをした覚えは、ない。寧ろ迷惑なことを、余計なことを言ったという自覚すらあり、尚且つ失態を見られて恥ずかしいくらいのことだ。口にしたのは、確かに本心には相違なかったが、それでも、酒が入っていなければ絶対に言わなかったような、途方もないおれの我儘だった。
「これからもよろしくね、空条くん」
「……ああ」
それを受け入れ、ナマエなりに心を開こうとしてくれている、ということなのだろう。その結果がまず呼び名を変え、敬語をやめることだった。……そういえば、年齢の近いやつらで敬語を使われているのはおれだけだった。花京院やポルナレフとは、多分前に同じ部屋になったときにでも打ち解けたのだろう。
ナマエが右手を出した。まるで何かを乞うように手のひらを上に向けて。おれは意味がわからず、その小さな手のひらを意味もなく見つめた。
「それでは早速、頼らせてもらうとして……煙草」
「は?」
「一本、ちょうだい?」
ガクッとよろけたい内心だったが、渡されたズボンのポケットからライターと煙草を箱ごと渡してやる。喜んで受け取ったナマエは、ベランダへと出ていった。おれもズボンを履き替えてから一服するべくベランダへと出る。
ナマエは外の景色をぼうっと見ながら煙草をふかしていた。好奇心から煙草をだなんて言ったのかと思ったのだが、意外なことに吸い方が慣れているので、普段から吸っているのだろう……顔に似合わず。
「ん、空条くんも?」
「まあな」
渡していた煙草を差し出され、一本だけ箱から出して口にくわえる。ライターはナマエが持ったままで火がつけられない。それに気付いたらしいナマエが、ん、と言ってこっちに向き直した。ナマエの煙草から火を受け取れということらしい。煙草をくわえたまま顔を近付けると、煙草同士がくっついておれの方に火が移っていく。 ちらりとナマエの顔を見れば、煙草を見つめる瞳を縁取る長い睫毛が、影を作っていた。火がついたことを確認して、ナマエが離れていく。
「人の煙草ってなんとなく得した気分になるよね」
「貧乏性か……」
「そうかもしれない」
ふふふ、と楽しげに笑うナマエには、煙草の挟む指の少し下に焦げたような痛々しい火傷の痕がある。昨日、ダンの野郎にやられた痕だった。押し付けられたのは、おれの、この煙草だった。お前は、もっと怒ってもいい。罵られても仕方がないとすら思うのに、ナマエはまるで何も起こらなかったかのような平気な顔をしている。じ、と見つめすぎたのか、ナマエがおれの視線の先を理解するのは早かった。
「ん、ああ、根性焼き?」
「……痛ぇか」
「ううん。大丈夫」
どう見ても大丈夫には見えない火傷に、おれは軽く触れた。痛い、とナマエが声をあげるのではないかと思って、手を伸ばした。弱音を吐くべきだと思ったのかもしれない。けれど結果は、ナマエにすこしばかり困ったような顔をさせただけだった。
「そんな顔、しないで」
「……どんな顔だよ」
「おれのせいだ、って顔。これをやったのは、ダンとか言う陰険な男。空条くんじゃないよ」
にこりと目を細めて安心させるナマエの笑顔は大人そのもので、なんだか悔しかった。
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