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 オギャア、オギャアア、ンマアアアと赤ん坊の泣き声が響き渡るだけというのは、正直怖い展開だと思う。ホラー映画やホラーゲームのようだ。
 どうやらわたしもデス・サーティーンの世界に招かれたらしい。意識が真っ暗な世界から転じて、遊園地に切り替わる。目の前にはわんこ、そして目をつぶっている花京院がいる。寝てるのかな。えーと、このあとってどうなるんだっけ? 犬が殺されちゃうのは覚えてるんだけど……。そんなことを考えながら犬を愛でていると、花京院がぱっと目を覚ました。


「なんだここは? ここは遊園地じゃあないか!」

「花京院くん、」

「うわっ! び、びっくりした、ナマエさん……ここは?」

「びっくりさせちゃってごめんね、んー……多分、夢の中じゃないかな」


 わたしさっきまで寝てたはずだし、と言えば花京院は半信半疑とばかりにわたしを見て、頭を抱えていた。夢の中で出会うというのは、いささか非現実的な話である。しかしながらヴィトを有するわたしと、何もない花京院ならわたしが有利なはずだからもし疑われて攻撃されてもどうにかなるはずだ。にっこり笑ったわたしに対し、困ったように笑ってから花京院は目線を観覧車の外に向ける。ふと花京院がこちらに飛んできた風船の下にくくりつけられているカードを取ると、驚きに目を見開いた。


「ううッ! こっ、このカードは!!」


 ウジュル、ウジュルと気味の悪い音を立てて、カードの中から鎌を持った手が出てきた。もう少し、もう少し引き付けたら。


「“DEATH13”!? カードが動いているッ!」


 完全に普通の人間の大きさで腕が伸びている。鎌を持った手が、わたしたちに標準を合わせると楽しげに振りかぶった。あ、これマジでヤバい。刺さっても切られてもこれは死ぬ! 近付くのを待ってる場合じゃない!


「ヴィト!」


 叫んだ声に反応して、ヴィトがデス・サーティーンを止めてくれた。シュピ、と花京院は手を切られてしまっていたが、想像以上にやばい展開だった。しかしながら可愛らしい犬は無事、わたしも無事、花京院は痛そうだが……うん、問題はない。デス・サーティーンはカードから手だけが出ている奇妙な状態で床に転がっている。うわあ、キモい。


「花京院くん、大丈夫?」

「な、なんとか……こいつは……スタンドですか? まさか、夢に引きずり込む、スタンド?」

「な、なんでスタンドが使えるんだ……!? おれの世界にはスタンドは持ち込めないはず、ナマエ、おまえどうなってやがる!?」

「寝る前にヴィトと話してたから、じゃないかな多分」

「出しっぱなしで寝たってことか! くそったれが…! 先にてめーから殺してやるぜナマエ!」

「え?」


 動けないならこっちのもん! だなんて思ったわたしが馬鹿だったのか、雲が変形してわたしを狙ってくる。あ、そうね! あれも能力の一部だもんね! やばい、これまさに絶体絶命大ピンチの出血大サービス状態だ。こんなとき誰かが起こしてくれればと思うが、そんなわけがない。起死回生の手が思い付かないわけではないが、やったことがない上にできるかどうかすらわからないけど、出来なきゃ死ぬんだからやるしかない。


「ヴィト! デス・サーティーンの能力って止められる!?」

「未判明」

「わかんないってこと!? あーっ、とりあえずやってみて!!」

「是」


 本体のわたしがこれ以上にないくらいパニクっているのだから少しぐらいパニクってほしいのだが、いや、パニクらないでいいんだけど、とそんなふうに混乱しているわたしとは反対にヴィトは至って冷静に、デス・サーティーンに触れた。すると、……なんということでしょう。そんなナレーションを入れたくなるくらいぴたり、とわたしを狙っていた雲が止まった。命が助かったことに安心して、思わず腰が抜けた。深呼吸をしても心臓がばくばくとあまりにも激しく動いて治まらない。


「大丈夫ですかナマエさん!」

「う、……うん、……はあーっ…こ、怖かった……!」


 なんてふたりで会話していると、ぐにゃりと世界が歪む。能力を止めたから、この世界も保てなくなったということなのか、わたしと花京院は目を合わせたまま暗闇に消えていった。
mae ato

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