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 ジョセフは空気を和ませようとポルナレフに話しかけに行ってくれた。こういうときばかりはちゃんとしてくれた大人がいてくれて助かったとお礼を言いたくなるが、セスナが墜落したのでプラスマイナスゼロと言ったところだろうか。
 わたしは固形の携帯食料品を片手にお茶でも飲もうかとお湯を沸かす。ぼうっと空を眺めていると月も星も輝いているのがよくわかる。こんなときでなかったら大の字になって空が見たい。そんな自分らしからぬロマンチックなことを考えていると、マニッシュ・ボーイが視界に入った。一見すれば本当に幼い可愛らしい子どもだというのに、わたしたちを殺そうと企んでいるのだか世の中は本当にわからない。


「ナマエ」

「あ、空条くん。お湯沸かしてるけど、何か飲む?」

「コーヒー貰えるか」

「了解でーす」


 食料品の入った鞄からインスタントコーヒーを取り出して、マグカップの中に適量と思われる分量を入れる。沸いたお湯を注いで、承太郎に渡す。わたしは紅茶のティーバッグをカップに入れ、お湯を注いだ。透明な湯が紅茶に侵食されていく様を眺めた。


「実際、どう思った?」

「ん、赤ん坊がスタンド使いかどうかってこと?」

「ああ」

「花京院くんの言いたいことも、ポルナレフの言いたいこともわかってるつもり。ただわたしの意見としては、赤ん坊の可能性が高いんじゃないかなあ、って思うよ」

「そうか」


 それきり承太郎は黙ってコーヒーを飲み干して、煙草を吸い始めた。空気が煙草で色付いた。わたしは俯いて、赤ん坊がどうのこうのと言うよりは、内部分裂してしまうのではないかと心配してしまう。四六時中同じ人間と顔を合わしているのがいけない、と聞いたことがあるが、それも関係しているのか。だがストレスがたまるのは、どうしたって致し方ないことだろう。
 わたしは大体のタイミングがわかっているが、いつどこで誰かから命を狙われているかもしれないなんて、随分肝の冷える話なのだ。実際そいつらと戦って勝ってきているからいいものの、負ければそこで死ぬのだからストレスが溜まらない方がおかしいのだ。しばらくそうしていると、大きな声が聞こえてきた。
 花京院とポルナレフ、それを宥めるジョセフの声。……さっきの今で何やってんの、本当に。仲間内で争うのは正直ごめんなのだが、そうも言っていられない。ため息をついて立ち上がると、花京院の姿が見えなかった。不穏な空気を感じて近寄ると、花京院が地面に倒れていた。慌てて駆け寄る。


「ポルナレフ、これは?」

「花京院の野郎、ついに赤ん坊を襲おうとしやがったんだ!」


 それで、原作通りに花京院がポルナレフにのされてしまった、と。額に手をあてて、ため息をつく。どうやらジョセフがいたとしても、ふたりをそのまま放っておいてはいけなかったらしい。そりゃそうか。経験ならともかく、今は肉弾戦でもスタンド戦でも力があるのはポルナレフと花京院の方なのだ。止め切れないに決まっている。


「それは、止めた、ってこと?」

「ああ……おれだって怪しいってこたぁわかるさ。だけど、それにしたってやりすぎだろ!?」

「うん、まあ、花京院くんに非はあるよ。スタンド使いと確定してない赤ん坊相手に襲い掛かるのはやり過ぎてる。それは間違いないよ」

「だろ!?」

「そうだね。きっと攻撃していたら花京院くんも後悔していたと思う。その点は止めてくれてありがとう」

「そうだよな」

「だけどね、ポルナレフにも非はあるんだよ。わかる?」

「はあ!?」


 納得がいかない、とばかりに顔をしかめるポルナレフの肩に、落ち着くよう手をおいた。勿論、スタンドで攻撃しようとした花京院の行動は、相手はスタンド使いかもしれないが仮にも赤ん坊だ。誉められたものではないだろう。だけれどその花京院を煽ったのは、何も赤ん坊だけのことではない。


「ポルナレフはそもそも花京院くんの話を、ちゃんと聞いてあげた? 頭ごなしに否定したりしなかった?」

「それ、は……」

「花京院くんはしっかりしてるから忘れがちだけど、まだたったの十七歳、高校生だよ」


 起きたら仲直りしてよね、と言えば、ポルナレフは自分が大人げなかったことを理解して、気まずそうに頷いた。ポルナレフだけが悪いとは言っていないのになあ。ジョセフと苦笑いしつつ、ちらり、赤ん坊を盗み見た。わたしなら。仲間を危険に晒すくらいなら迷わず見知らぬ赤ん坊くらい殺してしまうだろうな、なんてことは心の中にだけとどめておくことにして、もう一度苦笑をこぼした。
mae ato

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