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 起きて、と声がして目が覚めた。酷い夢の中から、目が覚めた。……? どんな夢だったのか、まるで思い出せない。記憶に靄がかかっているような、気持ち悪さだ。おれを起こしたのはナマエだった。起きたのを確認すると他のやつらも起こしていく。ポルナレフもじじいも、そして花京院も、はっと目が覚める。悪夢から解放されたあとのように。妙な気持ちの悪さを全員が感じ取っているのか、苦い表情が見て取れた。ほんの少しの時間が経って、皆の思考がようやくナマエへと向いた。まだ夜は明けていない。花京院がはっとした。


「もしかして、ぼくたちは魘されていたんですか」


 それは要するに、噂の夢のスタンドに襲われていたのではないか、ということだ。ナマエは少し困ったように、それもあるけど、と言葉を返した。その言い回しは、何か言いにくいことがあるということだろう。ナマエは少しばかり躊躇ってから腕の中にいる赤ん坊を見た。起きている赤ん坊は、なんとも言えない、おれたちにも似た苦い表情をしている。赤子に、そんな表情ができるのだろうか、とぼんやり思った。


「どういうことだよ?」


 ポルナレフが痺れを切らしたように尋ねた声に、ナマエは困ったような表情で、けれどその声に迷いはなく、はっきりと言った。


「この子、やっぱりスタンド使いなんだって」


 ナマエの話を聞いたおれたちは皆、呆気に取られた。ナマエの言っていることが唐突すぎて、と言えばいいのか、上手くその言葉を消化できなかったのだ。呆然としているおれたちの中で意識の復活が早かったのは、やはりじじいだった。未だ驚きの表情のままではあったが、じじいはナマエの腕の中にいる赤ん坊を見て言った。


「……その子が、自分で言ったのか?」

「ええ、……自分で話してくれる?」


 覗きこんだナマエと目をあわせた赤ん坊の口がゆっくりと開く。ひどく鋭い犬歯が生えていることに、じじいが驚いていた。おれはガキがいくつから歯が生えるかなんてことは知らないが、あの歯が普通でないことくらいは理解できた。赤ん坊はその見た目に合わぬ、はっきりとした口調で声を発した。


「……おれは、DIOの手下だ」

「な、なんてこった!!」

「あ、赤ん坊が、しゃ、べった!?」

「ど、どういうことなんだ!?」


 一気に混乱が広がった。先ほどまでの驚きを優に超えている。目を見開き、動揺し、ナマエにことの説明を求めた。ナマエからも少々の困惑が見て取れる。けれどナマエは自分とその赤ん坊のスタンド使いに起きたことを話してくれた。
 夜中にふと目を覚ましたら赤ん坊がひとりでに動き回っていて、驚いて声を上げたら向こうも驚いて声を上げた。そこから問い詰めたら赤ん坊が自分はDIOの手下であることを自白したらしい。
 そして問題はそのあとだった。助けてくれ、と乞われたのだそうだ。自分はDIOに脅されている。赤ん坊だからひとりでどこかに逃げることもできず、だからと言って普通の人間に打ち明けることはできず、砂漠の真ん中でおれたちと会話できるタイミングを計っていたのだと赤ん坊は言う。
 おれたちはその話を聞いて、困惑しながらもそれぞれに思いを口にする。


「お前がDIO側のスタンド使いだと言うことはわかった……そんな嘘をメリットはねえし、な」

「しかし疑問はある……何故、もっと早くそれを言わなかったんじゃ?」

「おいおい、待てよ! その前に花京院とナマエたちは襲われてんだぜ!? 助けてくれだなんておかしいだろ。信用できねえよ」


 ポルナレフの言うことも最もだ。助けてほしいのなら、初めから襲う必要はないはずだ。話を聞く限り、夢の中でも話はできるようだった。ならばそこで助けてくれと告げればいいだけなのだ。なのに何故、わざわざ一度ならず二度三度と襲ったのか。おれならばこう考える――勝てないと判断したから、自分が子供と言うことを利用して、おれたちに乗り換えようとしているのではないか? もしくはそう言って油断をさせて殺そうとしているのではないか?
 どちらにせよ、自分からDIOの手下であると告白した赤ん坊のことをまるっきり信じろ、というのは無茶がある。今こいつの前で寝ろと言われても、気が気ではなく寝れないだろう。スタンドを出して寝たところで、精神的に疲れることには変わりない。


「怖かったんじゃ、ないかな」


 ぽつり。黙っていた花京院がそう呟いた。少しばかり遠い目をした花京院は、視線を赤ん坊に向け直して、そう言った。


「誰だって災害は怖い。それと同じだよ」


 会っていないおれにはわからないが、会ったことのある花京院からすれば、DIOは災害となんら変わりないほど恐ろしいものだと言うなのだろう。直接会ったことのあるポルナレフはその言葉に黙り込んでしまった。多分、そのときのことを思い出している。そして花京院の言葉のどう受け止めるか考えている。そんなところだろう。


「ぼくは彼の言うことを信じるよ」


 その笑みと言葉で、全てが決まったようだった。
mae ato

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