「おはよう」
「おはようございます……ナマエさん、もしかして起きてたんですか?」
「ううん、わたしもさっき起きたとこ。少し寝たよ」
「あ、そうなんですか」
はい、飲む? とおれを抱えているナマエが花京院へとコーヒーを渡した。花京院はまだ眠そうな顔をほころばせて、嬉しそうにそれを受け取った。
ナマエのやつ、嘘つきやがって。おれを脅してから一睡足りともしていないはずだから、さっき起きたところ、だなんて嘘も甚だしい。花京院はおれを見ると、まるで普通のガキに対するようにへらりと笑った。
「君もおはよう。もう体調は大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だよ」
話せるとバレている以上無視することも出来ずにそう答えれば、伸ばされた手は壊れ物に触るよりも慎重で、温い手のひらがおれの額に触れ、本当に大丈夫そうだねとまた笑う。花京院はよくできた人間、というか、二度も襲われているくせにその襲った張本人に優しくするという少しおかしい人間だと思う。これを良しとできるほど、おれは素直に育っていない。
そしておれら二人を見て穏やかに笑っているナマエは、昨日とは一転して普通な様相だった。だからこそ、たまらなく、恐ろしい。
ナマエは『お願い』と称してこのおれを脅迫してきたのだ。その『お願い』は『DIOたちを裏切ってこちらにつき、他人に危害を加えないこと』だった。こいつらがDIOに勝てるはずなんてない、と思っているおれに、それはまさしく死刑宣告となんら変わりがない。けれど断ればどうなるか、そんなことは目に見えていた。ナマエは本気でおれを殺すだろう。事故にしか見えないように殺すことなど、簡単なのだ。
だからおれは目先の生にしがみついた。今のところ、おれはSPW財団で保護されるという話でまとまった。実際、演技やお芝居は簡単な作業だったし、それが終わったあとナマエはおれの頭を撫でて、それから簡単な食事とおしめの替えを行って、周りの連中の空気も随分と優しいものに変わっていった。……おれは何か、奇妙な感覚に襲われた。感じたことのない感覚を打ち払いながら、背中を叩く手に眠気を誘われ、ゆるゆると瞳を閉じていった。そしておれは温かさの中、目覚め、おはようと声をかけられ、自分がこの状況下で眠ったことにとてつもない衝撃を覚えた。
こいつは危ない。なんでかはわからないけれど、とても危ないやつだ。眠ることなくおれを抱き締めたままでいるなんて、危害を及ぼさないなんてそんなわけがない。きっと飯に何かを加えておれを眠らせ、何か変なことをしているに違いなくて、だからおれはぐっすり眠っていたし、この女はずっと起きていたのだ。
花京院以外のやつらも続々と起きてきて、挨拶や食事をしたりしている。何事もなかったかのようにおれに笑いかけ、和気あいあいとしている。あいつらは馬鹿だ。だけどナマエは危険だ。
「さて、」
バラララララ、救援のヘリがおれたちの元にやってきた。ナマエは抱えられているおれにしか聞こえない程度の声量で言葉を発する。怪しささえ感じる普通の笑みで、おれの頭をわしわしと荒い手で撫でた。
「多分、もう会うこともないだろうけど、元気で過ごしなさいね」
なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねぇんだ、なんてことを口に出したら周りのやつらが不審に思うだろうから、おれは何も言わない。ただ本物の赤ん坊のように、わからぬふりをして笑うだけ。するとナマエは苦笑いをして、おれの額にキス。
「じゃあね」
救急隊の隊員に渡されたとき、ナマエの笑顔に寂しさを覚えたりしたなんて、気のせい以外の何物でもないのだ。
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