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 マニッシュ・ボーイとの戦いをいい感じに終わらせたわたしたちは、まるで何事もなかったかのように救急隊と海辺のまで送り届けられた。これでDIOにバレてしまうだろう、なんてジョセフは懸念していたが、元々ハーミット・パープルでバレてしまっていたのではないだろうか、とちょっと思った。
 その街で船を買い、紅海を渡る。紅海という名前は聞いたことあったが、見た目は赤いわけではないらしい。すーっと澄んだ綺麗な青だ。泳いでみたいような、泳いだら汚れてしまうような、魚が本当にいるのか不思議なほどに澄んでいる。そこを船で渡りながら魚を眺める。きれいだなあ、本当に。そんなふうに思っている後ろでポルナレフと花京院が仲直りをしていた。自分が悪い合戦だ。お互いを尊重できるっていうのは良いですねえ。


「? おいじじい……おかしいな。方角が違ってるぜ……まっすぐ西へ──エジプトへ向かってるんじゃあないのか?」


 静かながらもいい雰囲気だった中、承太郎の声がして目線をあげれば、不思議そうに眉をしかめている。何をしているのかわからないらしい。わたしはと言えば、ああ、アヴドゥルが戻ってくるんだな、と思わず気が緩んだが、ピシッと閉め直す。あと二人倒せば、これからは後半戦に入ると言うわけだ。気を引き締めなおさねばならない。


「あの島へ向かっているようだがッ!」


 びし、と指差した方向には島がぽつんと存在していた。見知らぬ草木の生い茂る島は、何やら興味がそそられるが、たしかあの島にはカメオがいるだろう。……今回は、結構ポルナレフも危ない目に遭うんだけど……わたしが割り込むべきではない気がする。
 ポルナレフは妹の死と決着をつけなければならない。そうでなければ、彼は死んだ妹を生き返らせるという同じ過ちを、今ではなくこの先で犯す可能性がある。願えば叶うとしたら。その力が手の中に落ちてきたら。そうなれば、あるいはもっと悲惨で重い過ちを犯してしまうかもしれない。身近な人の死を、犯人への憎しみで紛らわせることはもうできないのだ。
 だからこそポルナレフのことはアヴドゥルに任せて、ゆっくりマイケルたちに構わせてもらうのがいいだろう。そんな予定を内心で立てながら、指先からジョセフの方を向いた。


「ああ…そのとおりだ。理由あって今まで黙っていたが、エジプトへ入る前にある人物に会うためにほんの少し寄り道をする……」


 ある人物、その言葉に花京院がわたしを見て、合図をした。もしかしてアヴドゥルさんでしょうか、と目が言っているような気がしたので、肯定の意味を込めて微笑んでおく。あ、でももしかしたら違う意味かもしれない。そうしたらわたしとてつもなく意味深な笑みを浮かべたことになるのでは…………まあ、いいか。目があったから笑った、ってことにしておこう。


「この旅にとってものすごく大切な男なんだ…」

「『大切な男』……あのちっぽけな島に住んでいるのか?」


 ポルナレフを騙すためにここまでしているんだったら性格が悪すぎるところだが、今回はそっちはオマケだ。目的は潜水艦である。……沈む、潜水艦なんだよなぁ……絶対に止めないと。ほんと、潜水艦が沈むとかマジで最悪だから。
 船を浜辺につけ、皆がぞくぞくと降りていく。降りて空を見上げれば、ニアニアとウミネコが鳴いている。可愛い。


「ジョースターさん……ほんとに人が住んでいるのですか……? なんか小さい島だし、無人島のように思えますが…」

「たったひとりで住んでいる。インドで『彼』はわたしにそう教えてくれた」

「え? 誰ですって!? 『彼』ってだれですか?」


 ちょっと大げさで胡散臭い花京院の演技に笑ってしまいそうになる。それをどうにか押し込めて、きゅっと口を閉じて黙り込んだ。なに? インドでカレー? なんて、ポルナレフがボケたことを言っている。承太郎が何かに気づいたようにゆっくり振り向いた。振り向いた先の茂みには、何やらぎらりとした目が覗いている。アヴドゥルだとわかっていてもちょっとばかりびっくりした。怖いよ!


「おいおい、そこの草陰から誰かがおれたちを見てるぜ」

「え? あっ、逃げるぞッ!」


 承太郎はまったく驚いていなかったらしく、ちらりとだけ目線をやった。アヴドゥルだと気付いていないだろうに、肝っ玉が座っている。
 他の人間たちが振り向いた途端、逃げていく背中はまさしくアヴドゥルそのものだった。わたしたちもそのあとを追う。アヴドゥルは近くにある木製のボールを持ち上げると、その中身の餌をマイケル・プリンス・ライオネルと名付けられたニワトリにあげていた。どういう精神状況になったらそんな行動取ることになるんだろうか。アヴドゥルさん、演技雑では?
 わたしが内心でツッコミを入れていると、皆が男に注目している。ジョセフがそれを制し、話し掛けた。


「わたしの名はジョセフ・ジョースター、この4人ともにエジプトへの旅をしているものです」

「帰れッ! 話はきかんぞッ! わ…わしに話しかけるのはやめろッ! このわしに誰かが会いに来るのは、決まって悪い話だッ! 悪い事が起こった時だけだッ! 聞きたくない!」


 帰れッ! 叫びながら振り返った男に、ポルナレフが絶句する。アヴドゥルさん、と呟いた花京院の声を聞きながら、わたしは声には出さず笑ってしまった。
mae ato

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