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 アヴドゥルをひと目見た瞬間から、ポルナレフの顔は悲しそうな、苦しそうな表情へと変わっていく。まあ、そりゃそうだ。皆、ポルナレフを騙すためにあそこまでするんだから質が悪い。もうここまで来たら実は生きていたんだよ、でいいじゃん。いやまあ……ポルナレフのこれからのことを考えて、わたしからも言うことはないんだけども。
 アヴドゥルが小屋に入ってしまうと、ジョセフがひとりで話してくると小屋に向かい、ポルナレフは浜辺の方に行ってしまった。ポルナレフの姿が完全に消えると、ジョセフが小屋から出てくる。


「あれ、アヴドゥルさんは?」

「なんじゃナマエちゃん、アヴドゥルだって気づいとったのか」

「いや……気付かない方が変ですよ」


 ジョセフの言葉に、さっきまで胡散臭いまでの演技をしていた花京院がわたしと同じように頷いた。アヴドゥルが続いて出てくるのかと思いきや、いつまで経っても出てくる気配がないので、わたしだけではなく承太郎も花京院も不審に思ったようだ。それぞれ困惑を顔に浮かべている。承太郎にいたっては不信感と言った方が正しいような険しい顔つきにしか見えないが、それが困惑であることがここに来てなんとなくわかった。


「えっと、ジョースターさん?」

「ん? なんだ?」

「なんだじゃねーよ、じじい。アヴドゥルはどうしたんだ」

「ああ、アヴドゥルなら裏口からポルナレフを探しに行ったよ。おどかしたいらしいのう」


 その言葉に一同沈黙。なんかよくわかんないけど、アヴドゥル性格変わりすぎじゃない? 陰気よりは陽気な方がいいとは思うが、まさか退院したから嬉しくなってハイになっているんじゃ……。いや、まさかね……。なんだかハイなアヴドゥルがうまく想像できなくて頭が痛くなってきた。









 ポルナレフもアヴドゥルもあまりに帰ってこないので、わたしはニワトリたちを追いかけ回す作業に入った。マイケルやプリンスも美味しそうだが、ライオネルが一番美味しそうである。そんなことを考えながら追いかけ回していれば、わたしの思いが伝わってしまったのか、ライオネルだけが必死に逃げ惑っている。いやだなぁ、食べたりなんかしないのに。ああでも、鶏肉って美味しいよね、うふふ。


「おい」

「うん?」

「ニワトリ、びびってんじゃねぇか。無駄に追いかけるな」


 あらやだ承太郎ったら相変わらずのいい子なんだから。怒られてまでやることじゃないので、木陰に腰を降ろしてぼうっと景色を眺めることにした。熱帯にふさわしくジャングルをイメージさせる草花が、ところ狭しと生い茂っている。
 そんなことを続けて三十分。さすがに遅いだろうとのことで、ポルナレフたちが向かった浜辺の方へ行ってみることになった。


「何してるんだろうね」

「まさか、襲われてたり、して?」


 はいそうですね、花京院正解ッ! とは言えないので、「まさかぁ…」と苦笑いだけ浮かべておいた。
 その後ろで、がさ、と音がした。振り返れば、頭から血をだらだらと流したポルナレフ。そして後ろにはいつも通りの格好をしたアヴドゥルの姿だった。


「おい!! みんな驚くなよッ! 誰に出会ったと思うッ!」


 ていうか後ろにいるの見えてるから。そんなわたしのツッコミは口に出されることはない。ジョセフがあわててポルナレフに駆け寄っていった。優しい。って、そうだよね。わたしの薄い反応が間違ってるんだ。頭から血を流すのは、一般的には大怪我の部類だ。派手に見えるし。


「ポルナレフ! 心配したぞッ!」

「どうした、そのキズは?」

「敵に襲われたのか?」

「大丈夫? 傷、深いの?」


 ハイテンションでこれ以上に嬉しいことはない、そんな様子のポルナレフに、みんなの対応は若干ずれてもたらされた。しかしポルナレフはそんなことはどうでもいいようで、更にテンションをあげながらわたしたちに近付いてきた。


「キズのことはどうでもいいんだよッ! いいか! たまげるなよ承太郎ッ! 驚いて腰抜かすんじゃねーぞ花京院! 泣き出すんじゃねーぞナマエ! 誰に出会ったと思う!? ジョースターさんッ! なんとッ、喜べ!」


 そのテンションを持続すると、きっとあとで傷付くだろうな。パンパカパーン、と間抜けな声を出しながら手を広げて、後ろにいたアヴドゥルを手前に引き寄せた。そんなふうに見せて驚かせたいのなら、ちゃんと隠しておかなければ意味がないのではないよ。さっきからアヴドゥルが見えていたからね……。


「アヴドゥルの野郎が生きてやがったんだよォ! オロロ〜〜ン!」

「さ! 出発するぞ」


 ジョースターさんがポルナレフを冷たくあしらって荷物を持ち上げた。周りも普通に挨拶をするだけで、感動の再会という空気はまったくもってなく、いつも通りだった。そりゃあポルナレフもキレる。わたしも隠し事をしていたうちの一人だけど、ポルナレフは怒って良いとおもう。ジョセフがネタばらしをしている隙に、わたしはこっそりとアヴドゥルに近寄った。


「アヴドゥルさん」

「ああ、ナマエ。元気そうだな」

「はい、それなりに。お帰りなさい」


 鳩が豆鉄砲を食らったように一瞬だけ呆けたアヴドゥルだったが、すぐさま正気を取り戻し、ただいま、と笑った。
mae ato

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