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 ちょっと焦ってしまったので、一旦落ち着いて考える。ジョセフの言っていることは、たぶん正しい。正式に学んだことのあるわたしがやる方が、適任と言えるはずだ。大学の後輩に教えたときのことを思い出しながらスキューバの一式に手をかけ、それを装着していく。


「時間がたくさんあるわけじゃあないので、見よう見まねでわたしの真似をして装着してください。できたら確認します」


 わたしの言葉に何一つ文句を言うことなく、彼らは装着していく。誰一人不器用ということはなく、完璧につけられたときの悔しさと言ったらそりゃあもう……。経験のあるらしいジョセフも含め、きちんと装着できているかを確認。しっかりと絞められているし、レギュレータもボンベもちゃんと使えるもので、壊れているものもなさそうだ。


「それじゃあここに水を入れ、ゆっくりと加圧していきます。いきなり出ると大変なことになりますからね。息は止めずちゃんとしてください、肺に空気がたまると危ないですから。あとは……ハンドシグナルですか?」

「スタンドで会話すればいいだろう」

「なるほど」

「なあ〜んだ、ハンドシグナルならおれもひとつ知ってるのによ……」


 そう言うとポルナレフは、例のあれをやり始めた。両手を合わせパンと音が鳴る程度に軽く叩き、右手の人差し指と中指を二本立て、続けてそのまま親指と人差し指で丸を作り、最後はその手を目の上にまるで敬礼の如く構える。間違いなくポルナレフは日本の変な知識ばかりを持っているに違いない。笑い飛ばしながらもわたしはその行為の意味する言葉を発した。


「「パン ツー まる 見え」」


 花京院とほぼ同時だった。パシッ、ハイタッチをしながらポルナレフは嬉しそうに騒いだ。それから三人でピシガシグッグッをやっていると、承太郎から若干冷たい目線をいただいた。たしかに行為的には小学生並みだが、ここは思いが通じあったことに対して喜びを噛み締める時間をください。脳内でそんな反論をしたが、はあ、とアヴドゥルがため息をついた。


「そんなことしてる場合か」

「ははは、場合ですよ。バカらしいのを見て肩の力が抜けたでしょう? リラックスしないと! 慌てる必要も、焦る必要もありません」

「………まあ、確かにな」


 ジョセフにアヴドゥルと承太郎を見ているようにお願いし、水が溜まりきる前にレギュレータをつけ、ゆっくりと息を吸う。何も心配することはない。ハイプリエステスはここに残していくし、ミドラーは動けないのだから、普段通りに潜ればいい。扉を開き、わたしが先頭を切って海へと出ていく。紅海は美しい海だった。圧倒的な景色に一瞬で魅了される。澄んだ水が太陽で光輝き、ご自慢の色を呈した魚たちが悠々と泳ぎ回り、自分たち生命の源はやはり海なのだと知らしめる壮大ささえ感じる。ああ……なんてうつくしい景色だろうか……。
 景色に耽るわたしの肩を、誰かが叩いた。振り向くと、目の前にはハイエロファントがいて、どうかしたかと口にする。首を振って本来の目的を思い出すと、ゆっくりと海岸を目指した。こっちであってるのか?









 ぷはっ、上がった先は整備されていないものの綺麗な海岸だった。少し遠くには街らしきものも見える。ため息をつきながらスキューバ一式を取り外すと、少しだけ寒さを感じた。それもそのはず、着衣水泳と一緒なのだから、陸にあがれば着替えるものはないし、身体は冷える。しかもセーラー服。重い。海の中に帰りたい。


「ナマエ」

「はい?」

「着ておきなさい」


 アヴドゥルも海の中を進んできたのだから湿ったものであったが、羽織っていたローブをわたしにかけてくれる。重い。こっちも濡れているから寒さの改善もしない。思わずきょとん、としたわたしだったが、アヴドゥルは何とも言えないような顔をして、わたしを指差した。ん? と身体を見れば、服はペッタリとくっついており身体のラインは丸わかりだった。セーラー服は幸い黒が主体だったので透けてはいなかったが、はしたないことには変わりないだろう。


「ああ、すみません! 気がつかなくて」

「気をつけなさい、女性なんだから」

「わーい、アヴドゥルさん紳士」

「寧ろ父親って感じだろ」


 ツッコミを入れたのは意外にも承太郎で、ため息をついている。初めてのスキューバで疲れたのかもしれない。向こうではミドラーがどうのこうのと話しているのが聞こえてくるが、わたしはとりあえず呼ばれるまで岩に腰かけて思いきり息を吐き出した。……疲れたぁ。
mae ato

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