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「うっ、あ゛ぁ…っ」

「花京院くん!」


 慌てて花京院に駆け寄り、いつでも走り出せるように肩を貸す。ポルナレフと押されたアヴドゥルも顔面蒼白のまま、花京院のそばへと駆け寄ってきた。左目をぐっと手で押さえて、小さな呻きを上げながら、その合間に何かを呟いている。


「み、水、です…っ…スタンドは、水、です!」

「なんだと!? 水のスタンド使いだって!」

「花京院くん、走れる!?」

「は、はいっ」

「ポルナレフ、反対側を支えて。車まで走るよ!」

「ああ!」


 花京院の言葉は既に全員に聞こえた。こっちへ来い、とジョセフが手を動かしている。ありがたいことに相手が判明した。やはりンドゥールだった。わたしが知っていてできることは、とりあえずしよう。向こうに走ったところで飛ばされるだろうが、このままここにいれば簡単に殺されてしまう。さっきのはまぐれかもしれないが、多分、花京院の目は狙われているのだ。人型の遠距離は花京院しかいないのだから、当然のこととも言える。アヴドゥルもスタンドを出しながらわたしたちの後ろを走ってくれていた。


「ポルナレフッ! ナマエ、花京院! 狙われてるぞ!」


 マジシャンズレッドッ! と荒らげた声が聞こえたが、手応えがあったような声は聞こえてこない。わたしとポルナレフは脇目もふらず、必死に走り、車に飛びのった。アヴドゥルが上がってこようと足をかけたその後ろから、ぞわり、湧き上がった水がこちらを見て笑った気がした。
 ピピピピピピッ! けたたましく鳴ったのは、時計だ。これの危険さをわかっているのは、わたしだけ。


「ヴィトッ、防護壁!」

“是”


 バチィッと自分に向かってきた水が間一髪で弾かれたのを見て、普通の人間である彼は腰を抜かしていた。わたしもへなへなと車に座り込む。手がカタカタと震えていた。どこから向かってくるかわからないものを弾くにはぴったりな能力であるが、如何せん、意識をしっかりと向けていないと防護壁を置いて移動してしまうため狙われているとわかっていても今まで発動することはできなかった。ジョセフがわたしの肩を叩いて、よくやったと誉めてくれる言葉を聞きながら、ゆっくりと頷いた。


「それにしても、スタンドは音に反応しているようじゃな。さっき彼の時計が鳴ったときに、向きを変えおった。その時計はここに捨てていきなさい」

「は、はい……」

「か、花京院はどうだ!?」

「まずい…失明の危険がある。とりあえずナマエの防護壁がある、車を出そう。早く医者の所へ連れていかねば…………」

「よし、わかった」


 ジョセフが運転席に乗り込んだ途端、車の前輪が沈んだ。皆が慌てて持ち上がった後ろへと、上がっていく。承太郎の声が響く中、わたしはイギーが地面に降り立ち大きい欠伸と共に伸びをして寝転がるのを確かに見た。皆が滑らないように必死に掴まる。花京院も幸いにも意識があるようで、自分で掴まることができている。水が前輪を簡単に切断した。ググググ、と車が傾いていく。


「前輪が軽くなったので今度はうしろがさがるぞッ! こ…こういうことか。やばいッ! みんなつかまれッ!」

「うあああああ───ッ!!」

「しっ、しまったああああッ!」


 前輪を落とし、引き込むのを止めた水の力もなくなり、車がシーソーのように重い方へ一気に傾いて、わたしたちの身体は車から投げ出された。防護壁は人間を貫通しない。このままだと防護壁の中でぐちゃぐちゃになってしまうとあわてて能力を解除する。
 わたしは空を舞って、左肩から思いきり叩き付けられた。息が詰まるほどの痛み。動けずにうずくまっていると、皆が一言も発することなく神経を尖らせているのがわかった。アヴドゥルが手につけていた少し重そうな金の腕輪を投げ、まるで抜き足差し足で歩いているように見せかける。ダメ、なんて声は痛みで出なかった。水が踊るようにアヴドゥルの首に切りかかり、ばたりと倒れるのをスローモーション映像のようにわたしは見ていた。
mae ato

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