106
「つ……つよい」

「アヴドゥル──ッ」


 唸っているアヴドゥルにとどめとばかりにンドゥールの水が襲いかかるが、それよりも早く承太郎が走っていく。水は動きを少しだけ止めたあと、砂の中へと潜って承太郎を追っていった。ジョセフやポルナレフがごちゃごちゃ言っているが、わたしにも一応やらなければいけないことがある。立て、がんばれ、ここでやらないなんて、こないだの決意、無駄にする気? 承太郎がイギーで飛んだのを確認しながら、どうにか気合いで立ち上がる。やればできる、がんばる。


「ナマエちゃん!」

「……アヴドゥルさんと花京院くんを連れて、車の近く一ヶ所にあつまってください。念のため、……防護壁を、張ります。その中に入ってください」


 勝てることはわかっているが、彼らを少しでも安心させてやる必要がある。車の近くに集まった皆にヴィトの防護壁を発動した。車の上に乗ってさえいなければ、先ほどのようなことにはならないはずだ。
 ジョセフとSPW財団の二人は、車を直す為に前輪と道具を持ってきて、何かをやっているようだった。わたしはアヴドゥルと花京院を手当てしているポルナレフを一瞥して、承太郎たちが向かった方向へと走り出す。


「お、おいっ! ナマエ!」

「……空条くん一人じゃ、困るでしょ。行ってくる、大丈夫だよ、その壁は置いていけるから。ここは頼むね、ポルナレフ」

「いや、でもナマエ!」

「それ消えたら全力で逃げてよ」


 死ぬ気なんて毛頭もないけど、言っておかなければいけないことは言っておく。走りながらも水がわたしに迫ってくる気配はないし、間に合うかわからないがわたしにもやらなければいけないことがある。だけど肩も痛いし、さっきまでの緊張で胃や頭も痛いし、さっきから走っていて結構な体力を使っている。
 半年前はただの女子大生だ。体育もないから運動だってしていなかったし、遊びに行きはしても本を買ったりカラオケに行ったり映画を見たり美術館に行ったりで、わたしの運動なんて年に数回スキューバに行くだけだけだった。もう正直、限界ぎりぎりなのだ。だから頭も、きちんと働かなかった。
 駆け付けたタイミングでンドゥールと承太郎の勝負はついていた。イギーが承太郎の方からわたしの方に寄ってくる。どうやら承太郎より好かれているらしい。しかしイギーに構っている暇はなかった。あと少しの距離を、二人の方に向かって息の上がったまま駆けて行く。


「海の中でもとらなかった帽子をふっとばしやかって。だが安心しな…手かげんしてある………致命傷じゃあない……」


 血を口から吐き出しながら砂漠に横たわり苦しむンドゥールは、見下ろしてくる承太郎にニヤリと笑った。水が動き、ンドゥールの頭を貫く。……はずだったわけだ。だけどわたしはそれを止めに来たのだ、みすみす殺してたまるか、という話で。思ったより遠い距離でンドゥールを触り能力を止めることはできない。だからもう、働かなかった頭はただ飛び込んでその水の通る軌道に手を出すことを選んだ。軌道に飛び込んだからには当然、わたしの右手には穴が空く。その瞬間、ンドゥールの気が一瞬だけでも緩んだ。


「ヴィトッ、能力止めて!」

“是”


 ヴィトが間髪入れずに、ンドゥールの能力を封じる。わたしは痛みと飛び込んだ勢いで、そのままンドゥールの隣へと転がった。砂の上は直で触ると熱いはずなのにそんなこともわからないくらいに、右手からとんでもない痛みが襲ってきて脂汗がじわじわと滲み出てくる。この旅を始めてからそれなりに怪我はしているが、これが一番、痛い。根性焼きも相当痛かったけれど、今も手が中から焼けてるみたいだ。涙がにじむ。息が荒い。右手を腹に抱えるようにして呻いていると、いつの間にか駆け寄ってきた承太郎が怒っているような顔を覗き込ませていた。


「てめー、何やってんだ……!」

「自殺、止めたんだよ、いえーい、せいこう」

「馬鹿かッ! てめーがケガしてたら世話ねぇだろうが!」


 あはは、と笑うと、ごんっと頭に拳が落とされた。うん、その、心配してくれたのを冗談で返したのは悪かったけど、わたし、重傷の怪我人だよ……。
 ──何故だ。
 強い感情が含まれた声が、はっきりと耳に届いた。
mae ato

modoru top