「何故、っ、何故だ……、どうして庇ったりした……!?」
ナマエがわざわざ手に穴を開けてまで自殺を止めた男は、口から血を垂らしながらも声を荒らげた。ほんの少し会話した程度だったが、戦いを通し、敵として接してきただけでも、随分冷静な男のように思える。その男が吼えた。何故死なせてくれないのかと。おれはナマエが怪我をしてまで止めたのに、と男を恨むように責める気持ちと共に、男が取り乱したことにひどく驚いた。
「ジョセフ…ジョースターのスタンドは考えていることまで感知してしまう…! あの方にとって少しでも不利になることを、しゃべるわけにはいかないと言うのに!!」
冷静であるはずの男が、年下の小娘に対し声を荒らげるほどの原因。それがDIOだった。おれはDIOのことをよく知っているわけではないどころか、会ったこともなければ話をしたこともないが、エンヤ婆さんにしたことを考えれば慎重ながらもまともなやつでないことはわかる。だからこそ、そこまでする気持ちがおれにはまったくわからない。
「死ぬほどにか……てめーらなんだって、そんなにしてまでDIOに忠誠を誓う?」
「…………おれは死ぬのなんかこれっぽっちもこわくないね……スタンドの能力のせいで子供のころから死の恐怖なんかまったくない性格だったよ」
おれの質問に対し、間を置いて話し始めた男は、どうやら先ほどよりも落ち着いたようだった。どんなヤツにだって勝てたし、犯罪や殺人も平気で、警官だってまったく怖くなかったね、と語られたおれは、生まれつきスタンド能力があるわけではない。だからその考えには、理解以前の問題とも言える。あの犬はきっとおれの気持ちがわかるだろうぜ、と男はイギーの方を向いてそう付け足した。
「そんなおれが、はじめてこの人だけには殺されたくないと心から願う気持ちになった。その人はあまりにも強く、深く、大きく、美しい……そしてこのおれの価値をこの世で初めて認めてくれた……この人に出会うのをおれはずっと待っていたのだ。『死ぬのはこわくない。しかし、あの人に見捨てられ、殺されるのだけはいやだ』悪には悪の救世主が必要なんだよ」
そう言い切らせる、そこまで人間を惹き付ける男が、DIOなのだろう。今までのやつらは金で雇われたやつらばかりだったのに、こいつは違う。おれたちと同じように、死ぬことよりも殺すことよりも絶対に譲れないものを持って歩んできている。
「何故、死なせてくれないッ!」
少なくともおれには悲痛な叫び声のように聞こえた。男の言っていることは、おれからしてみたら共感することはないし、男の言う通りなのだとしてもそれを認める気にはなれない。なのに、まるでおれたちが大層悪いことをした気分にさせられるほどの、男の思いが感じられる声。それに反応するように穴の開いた手を抱えるようにうずくまっていたナマエが顔をあげ、近くにある男の顔へと容赦なく拳を降り下ろした。
「知るか」
怒気を含む声色が冷たく突き放した。男の顔は殴られたために、ナマエの手から溢れた血でべったりと汚れている。呆然とした男は何も言えないでいた。ナマエの口調は、刺々しく喧嘩腰で心底苛立っているような、いつもよりとてつもなく荒いものだった。
「さっきから聞いてりゃごちゃごちゃと。DIO様に不利になることは言いたくないから死ぬ? で? わたしは、あなたの都合なんか知ったこっちゃあない。あなた、わたしたちの敵でしょう。あなた、わたしたちが命だけは助けてくださいって言ったら助けてくれたんですか? 違うでしょ。あなたは命乞いに耳を傾けたりしない。だったらどうしてわたしがあなたの望みなんか聞いてやんなきゃいけないんですか。理由も、欲しいならつけてあげましょうか? わたしや仲間の目の前で死なれたら気分が悪いから。それだけです」
投げやりな言葉のあと、ナマエは顔を思いきり歪めて吐き捨てた。
「そんだけ死にたいんならあとでわたしたちとは無関係に勝手に死ねッ!」
助けといて、それかよ。何故かすこしばかり同情してしまうように、そう思った。
だがそれも一瞬のことで、ナマエの気持ちをすぐさま理解した。吐き捨てるような言葉はすべて優しさからきているのだと思った。それもこれも、ナマエが本当に悔しそうな顔をしていたからだ。男が躊躇いがちに口を開こうとすると急にナマエがくるりと振り向いて、滴る血に不釣合いなにっこりとした笑顔を見せた。
「さて空条くん……わたしたちは早く病院に行かなければならないし、彼にはさっさとお休みいただこう?」
怪我した右手で拳を握り、男へ向けて降り下ろす動作を見せる。おれはまた少し男に同情を抱きながら、スタープラチナで男の首に手刀を打ち込み、気絶させたのだった。
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