「情緒不安定なようだな」
ンドゥールはそう言いながらわたしの涙をぐいぐいと拭いてくれる。なんで泣いてるのか自分でもわからないのだから、その通り、情緒不安定なのかもしれない。命の危険を感じたことも、大きな怪我をしたことも、誰も死ななかったことも、花京院とアヴドゥルが結果ほとんど変わらずに怪我してしまったことも、そして今までの旅のことも全部。安心したのか、はたまた自分の不甲斐なさが悔しいのか、それもよくわからない。ただ、精神は磨耗しているのは間違いなかった。
「お前もまだ子どもか?」
「……これでも成人はしてます」
「話を聞く限りでは、まあ、概ね納得できる数字だな」
今まで涙を拭いていた手が、ぺたぺたとわたしの顔を触り始めた。本当に目が見えていないんだな。ぼんやりそんなことを思いながら、ンドゥールに好き勝手にやらせておく。瞼や眉毛、おでこや鼻、唇に、顎のライン、そして耳の形や頭まで。温かい手、彼はまぎれもなく生きている。あらかた触り終わったンドゥールは、少しだけ黙ったあと、口を開いた。
「童顔か」
「ブルータス、お前もか」
「ということはやはり童顔なんだな」
「ブルータスにはツッコミなしですか、ああそうですか」
ンドゥールの手から解放されて、わたしはぼすんと布団に頭を落とした。今は、何かを考えたい気分ではない。頭も身体も、一般人なわたしは疲れきっている。だからと言って寝たい気持ちもどこかに行ってしまって、ぼうっと、横目にンドゥールを見た。
「DIO様って、どんな人ですか?」
「なんだ、情報もほしいのか」
「そうじゃなくて。スタンドとか見た目とか戦い方とか、そんなんじゃなくて、あなたにとってどんな存在ですか、DIO様って」
少しだけ緩んだ空気は、きっと好きなものについて歩み寄ったからだろう。そしてンドゥールは語り始めた。自分を初めて認めてくれた人物について、どれだけ彼を敬愛し、どれほどに彼を崇拝し、どうしてだって彼に従属しているかを。
だけれどそれは長くて圧倒されて聞くに堪えないものなどではなく、DIO様を形容する言葉が足りないとばかりのたどたどしい真実味のある話だった。だからこそ、ンドゥールは心の底からDIO様に付き従っていることがわかる。
「そっか、好きなんですねえ」
「なんだか誤解を招くような言い方だな。そうだな……好き、と言うくくりではないように思えるよ」
「そういう思いを、言葉にするのは難しいですものね」
「ナマエにとって、承太郎たちは?」
わたしが聞いたように似たようなことを聞かれて、なるほどこれは難しいと思い知った。まとまるわけもない考えをそのままに言葉を発した。
「……この世で何よりも優先して助けたいと思っている人たちですかね、んん、と、勿論、信頼もしていますし、背中を守ってもらうことだってあるんですけど、うーん、なんて言ったらいいんでしょう、ううんと、とりあえず、守りたい、ですかね?」
とまあ、結局、何を言ってるんだかわからない発言をかますことしかできなかった。成人にもなってこれはさすがに恥ずかしい。やっぱりまとめてから話すべきだったか……。途方もない恥ずかしさをどうにか誤魔化すためにまた口を開いた。
「まあ、その、改めて考えたことはなかったです」
「そうだろうな、おれもだ」
「そんなものですよね、やっぱり」
「好きか?」
わたしの言葉を真似したようにンドゥールは質問してきたが、その言葉が想像以上に似合わなくて噴出した。普通の言葉なのに、なんか言わなそう、というか、なんというか。
「当たり前じゃあないですか」
出会う前から皆、大好きだったなんてことは言わないけれど。しかしそれは承太郎たちに限った話ではない。別に嫌いなキャラクターなんていなかったし、DIO様やダービーなんかの敵だって好きだった。というか結構敵側好きになっちゃうってのはあるよね。まあ、デーボのことはそうでもなかった気がするが、今は大好きだからそのことは永遠に黙っておこう。そうそう、ンドゥールのことも、もちろん好きだった。あの展開で好きにならんやつおる? おらんよなぁ! オタクの血が騒ぐ!
「意思の強いところ、あとは不思議と優しく見えてしまうところ、卓越した技術があるところ。うーん、いいですね」
「承太郎か?」
問いかけられて、独り言として漏れ出していたことに気が付いた。恥ずかしい。とはいえ、承太郎のことではない。言ってもいいものか、と一瞬迷ったものの、別に知られて困るものではなかったので、すぐに彼の言葉を訂正した。
「失礼しました。あなたの好きなところですよ」
出会ってしまった今も、出会う前の昔も。それは変わらない。
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