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 何を言われたのか、意味がわからなかった。泣かれてしまってからは妙に拍子抜けし、そのままナマエのペースに合わせてやっていたが、だからといって好きだなんて言わせるほどに自分がまともな人間ではないことは理解しているつもりだ。どこにおれを好きになる要素が? 優しいところなんて一体どこに? 自分を殺そうとした人間をどうして好きだなんて言う? この女、頭がおかしいとしか思えない。


「あ、そういえば空条くんで思い出したんですけど。散々脅しておいてなんですが、多分、あなたの心配は杞憂だと思いますよ」

「心配……?」


 ナマエは何事もなかったかのように話を逸らした。混乱していたせいもあったかと思うが、何のことだかわからなかった。おれが心配しなければいけないこととは、いったい何なのか。そのことを思い出せなかった時点で、ナマエによっぽど引きずり込まれていたのだろう。ナマエは当然のように、ともすれば不思議そうな声で、いやですね、と続けた。


「情報、話したくないんでしょう?」


 死ぬ方がよっぽどいいって思うほどに、なんて続けられたナマエの言葉はおれに入ってくることはなかった。それほどの衝撃を受けたからだ。そもそもこんなふうにナマエと話している原因は、死のうとしたこと。DIO様について聞かれ、ハーミットで脳内を覗かれてしまっては不利になることを吐き出して、生きる意味を失ってしまうからだ。どうして、そんな大事なことを、発想できなかった? 今、何よりも大事なことで、回避しなければならない事象で。混乱しきったおれのことなど気にせず、ナマエはまだベッドに伏したまま、だらけきった声を発した。


「空条くん、聞かないと思いますよ。っていうか、聞けないっていうかね」

「……なんだと?」

「あなたが聞いたら死ぬって言うから。ゲス相手ならともかく、まっすぐで、それくらいの強い思いがあるから空条くんはきっと、聞けませんよ。あの子、根幹は超絶いい子の甘やかされた優しい優しいお坊ちゃんなんです」


 承太郎が聞く聞かないなど、今はそんなことどうでもよかった。笑っているナマエの声を、気分の悪いものとは思えない。どうしたんだ、おれは。DIO様は、この盲の目に初めて見えた暗い光のように思えた。見えずともおれの着いて行けばよい方向がわかるような、宗教にも似ていて、見るだなんて発想がわかなかったのだ。当然だ。神は見るものではない。崇拝し、従うもの。


「よかったですね」


 だけれど今は、どうしてか、ナマエの顔を見てみたいだなんて思いに、駆られている。おれはこの盲目を残念がっている。馬鹿みたいに、何かに焦がれている。ああどうしてこいつは、好きだなんて言ったのだろうか。どうしてその言葉がごく自然で、まるで嘘なんて吐いてないような真実味を伴って聞こえるのか。親だろうがなんだろうが誰にも言われなかったことばを、誰にも言ってもらえなかったことばを、別に欲してなんてなかったはずのことばを、どうしてこんなときに、どうしてこいつなんかに言われてしまったのか。壊れているはず涙腺が刺激されているようなそんな気分にさせられて、ナマエのおかしさに感化されてしまったようで、


「それにしても眠いなあ、まだ来ないのかなあ」


 ねー、そう思いません? なんて気安い声に、巣食われていく。頭がごちゃごちゃとかき混ぜられて、まともで正常な思考はどこかに沈んでしまったようで、おれはおれの中で、孤独感を味わった。おれとは、なんだったのか。どうしたいのか、どうすべきなのか。殺してくれたらどんなに楽になるんだろう、と訳のわからない笑いが唇が溢れ出していく。……ああきっともう、こいつを殺せない。
mae ato

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