ガラッ、と名前も知らない敵の病室のドアをいささか乱暴に開いた。致命傷まではいかなくとも花京院やアヴドゥルに怪我をさせた男を、自分たちを容赦なく殺そうとした男を、どうしてSPW財団の金で助けてやらねばならないのか。おれの金ではないからどうこう言う権利はないが、それでもそんなふうに思わずに入られなかった。車に敵を乗せているときだってこいつが起きたらと思うと、能力のことを考えたら正直気が気じゃなかった。
自分が敵だったことなどすっかり棚上げにして、そんな思いをドアに八つ当たりしたのだが、開いた先には上半身だけ起き上がった男のベッドにナマエがもたれ込んでいた。男の方に顔を向け、頭を撫でられながら、くだらない話をしている。ナマエ、お前はペットか何かか。
「外国のチョコってパサパサしてるっていうか、なんか粉っぽいんですよ」
「ほう、なら日本のチョコは違うと」
「そうですね、ヨーロッパの本格的なチョコのことはわかりませんが、こう、滑らかと言うか」
「何の話だそれ!」
今まで敵だった二人がするような話ではない、いや、敵同士じゃなくともこの男にチョコは似合わない。いや、チョコの話題が似合う男ってそもそもいんのか? いるか。パティシエとか、あとおれたちヨーロッパの人間の方が、あの男よりは似合うだろう。いやでも待て、カカオの原産国は中南米か?
おれが妙な混乱に見舞われていると、ナマエと男がゆっくりとおれを見た。男の方は今気付いたといったふうな雰囲気ではない。承太郎から聞いていた通り盲目であるがゆえに、きっとドアを開ける前から気付いていたのだろう。
「ポルナレフ、元気ハツラツだね」
「ハツラツなわけねーだろ、まだここに着いたばっかだし、まともに飲み食いもできてねぇしよぉ。ナマエは?」
「元気、元気。右手以外は」
振って見せた右手は、包帯がぐるぐると巻かれていて、随分痛ましい。あの包帯の下は、また何針も縫われている。縫ったあとが二つ。そして煙草の火傷が一つ。それらはナマエの皮膚にグロテスクな痕を残すのだろう。
ナマエはようやく起き上がるとおれの後ろから入ってきた承太郎に、煙草とライターを放り投げた。利き手でないせいか、はたまたコントロールが悪いのか、へろへろと見当違いの方向に飛んでいった。しかし承太郎は難なく受け止め、自分のポケットへとしまう。お前、煙草を怪我人に渡すなよ……。
「ありがとねー」
「別にこれくらい構やしねーよ」
「いやあ、さっすが空条くん! 懐が広くて深い!」
あからさまなお世辞に承太郎はため息をつきながら、ナマエとは逆サイドに椅子を持っていって腰を下ろした。アヴドゥルの見舞いに行ったジョースターさんはまだ戻って来ない。おれも男から少し離れた場所に椅子を開いて腰を下ろした。
「承太郎、花京院は?」
「ああ。話してきた。しばらく入院だそうだ。だが失明には至らない」
「そうか」
怪我をしたのだからいいわけがないのだが、不幸中の幸いであろう。だけどそれは幸福ではない。不幸だ。その傷を作ったのが、この男。忌々しげな目線を向ければ、男は口を緩ませた。頭に血が上って、おれは──
瞬間、ドアを開く音。振り向けばジョースターさんが不思議そうな顔で、立ち上がりかけていた中途半端な姿勢のおれを見ていた。
「どうした、ポルナレフ」
「………いや、なんでもねーよ」
そうか、ジョースターさんの声と共に腰を下ろす。男はまだ笑っていたが、いささか残念そうにも見えた。……あ、れ、おれは今、この男を怒りだけで殺すところだったのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。殴りかかるくらいはしようとしていたが、殺そうとはしていないはずだ、ナマエが怪我してまでわざわざ助けたのだ、情報を聞き出さなければいけない相手なのだ、殺したりは、しない、はず、だ。
「じゃあ、まず名前から聞かせてもらおうか」
殺す、だなんて。どうしておれはそんな考えが浮かんだんだ?
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