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 入ってきたジョセフは迷うことなく、壁に立て掛けてあったパイプ椅子を持ってきて、ンドゥールの近くに腰をおろした。ジョセフの性格を考えれば、真摯に話しているとお願いする身として、やはり近くに行き、自分達を選んでほしいという立場を取るのだろう。さすがジョジョと言うか、紳士の血統と言うか、はたまた甘ちゃんと言ってしまってもいい。主人公気質って結構大変だよね。はいじゃあ頭の中見せてもらいまーす、君の意思なんか知りませーん、敵に捕まったんだから楽に死ねると思わないでね、でいいのにね。ンドゥールはジョセフの方へ向き直し、話しかけてこない間の意味を理解し、言葉を発した。


「ああ……そういえば、名乗る機会がなかったな。ンドゥールだ」


 ンドゥールっていい名前ですよね、しりとりに使えるしー、だなんて言ってシリアスな空気を和らげたいところだったが、冷たい視線を浴びることになりそうだと思い止まった。さすがのわたしもそれくらいの空気を読むことはできる。家族の命がかかってるジョセフと承太郎、DIOという神にも近い存在の命に危険が及びかねないンドゥール。
 ……どこか、この話し合いが遠くに感じた。ポルナレフだって自分のプライドの為と言う目的を持っているのに、わたしと言えば仲間の家族を助けるためだけにこの旅に同行しているのだから。しかも会ったこともない、人。助けてやりたいとは思う。仲間のお母さんだ。わたしだって自分の母親が死にかけてたらなんだってするだろう。だけれどわたしにとってホリィさんと──いや、やめておこう。考え続けることは、得策ではない。今は彼らの話し合いに集中しよう。


「ンドゥールか。……まどろっこしいことは言わん、DIOについて知っていることを教えてもらいたい」

「教えると思うか?」

「素直に教えてもらえるとは思っとらんよ。しかし、わしも娘の命がかかってる。承太郎は母親の命じゃ。どうか、教えてもらえんか」


 ジョセフの懇願の視線が、ンドゥールを貫いた。承太郎はンドゥールではなく、床を見詰めながら煙草を吸っている。思考がぐるぐる回っているのだろう。高校生で殺し合いに近いものに参加させられているのだから、無理もない。漫画じゃない、映画じゃない、ドラマでもない──ここは現実。作り物ではないのだから。
 ふふふ、とンドゥールがおかしそうに唇を歪めて笑った。まるで面白いジョークを前にして笑いを我慢していられなくなったかのように。ジョセフのキツい目線が向けられて、見えていないはずなのにンドゥールは口元を隠す。


「ああ、失礼。同情させたいのだろうが、悪いな。家族の命なんてものじゃあ、おれには通用しない」


 にっこりと笑みを作ったのは、侮蔑からではなさそうだ。嫌悪や負の感情というわけでもなく、ただただ興味がないのだろう。ンドゥールからは、どうだっていいとばかりの空気がわかりやすく出ている。その笑みに反応を示したのはポルナレフだった。がつんと拳を壁に打ち付けて、鋭い視線をンドゥールに向ける。


「家族の命が……くだらねぇとでも言いたいのかッ!」

「くだらないとは言っていない。興味があまりないんだよ」

「興味がないだとッ!?」

「ふう……不幸自慢は好きじゃないんだがな。盲目のこどもをゴミ捨て場に捨てる親を大切に思うやつがいたら是非教えてほしい、ということだ」


 ポルナレフは言葉に詰まってぎりりと唇を噛み締めると、目を逸らした。気配でそれを感じ取ったらしいンドゥールは、薄く笑っていた。嫌な空気が病室に溢れる。誰もしゃべることなく、ただただ黙り込むだけ。ンドゥールの口には笑顔が張り付いたままだし、承太郎は床を見詰めっぱなし、ジョセフとポルナレフはばつが悪そうにしている。当事者たちがそれでどうするんだ。
 ため息をついてぱんっと手を叩いた。居心地の悪い目線が集まったが、それを無視してジョセフに向き合った。


「黙っていて、それでどうするんです? 何も解決しませんし、もしかしたら彼を取り返そうとして襲い掛かってくる人もいるかもしれませんよ」

「あ、……ああ、そうじゃな」


 どうしたって愛されて育ったこどもに、愛されないで育ったこどもの気持ちはわからない。同じ経験をしても、同じ気持ちを抱くことは絶対ではないのだ。なのに何故、寸分違わずンドゥールの気持ちを悟れるのだろう。あり得ない。ある程度でもわからなければこの方法では進めない、同情を引くことなどできない。寧ろこちらが同情してどうする。ふうん、そうなんだ可哀想だね、くらいで済ませろ。これは無意味な時間だ。だったらまだ拷問でも尋問でもした方がましと言うものだろう。
 その考えに行きつくのは、ポルナレフもわたしも承太郎も、そしてジョセフも同じだ。情報が欲しいなら、無理やり口を割らせるしかない。やり方は簡単だ。拷問よりも、尋問よりも、もっと効率的で、正確な方法がある。


「……仕方ないのう、」

「待て、じじい」


 ハーミットパープルをゆるゆると出したジョセフの腕を、今まで一言も発しなかった承太郎が掴んだ。
mae ato

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