114
 承太郎が見据える先には、ンドゥールの姿があった。当然と言えば当然。これから話さなければいけない相手は、そのンドゥールなのだから。
 ……ンドゥール自身には承太郎は聞けない、なんてたわごとを言ってみたものの、実際のところそうもいかないはずだ。承太郎は、確かにいい子だ。不良だろうが、食い逃げに近い行為をしていようが、喧嘩相手を病院に入れて拘置所に入れられようが、結局のところ正義のような芯が一本入っていることは間違いない。だけど、優先順位はある。どうせ母親のためにDIOを殺さなければいけないのだから、これくらいのことは経験した方がいいとも思う。他人を踏み台にしてでも、自分のために何かを得ることを。


「聞かねえ」


 口をあんぐりと開けたのは、予想を大きく裏切られたわたしではなかった。ポルナレフとジョセフ、そして言われたンドゥールその人だった。小さく開いた唇の隙間から、魂が抜けていってしまいそうだ。わたしは驚いたものの、幸いにも目を見開いただけで済んだ。承太郎はただンドゥールを見ていた。


「じじいにも見させるつもりはねえ」

「じょ、承太郎! お前、何を言っとるのかわかっているのか!? ホリィの命がかかっとるんじゃぞッ!」

「ああ、わかってる」


 承太郎はひどく落ち着いていた。自分の母親の命がかかっていると言うのにも関わらず、今度はまっすぐに祖父を見つめたまま。ジョセフが憤るのは当然だろう。ピンチの時ほどクールになるイメージが強いが、歴代ジョジョはなんだかんだ言って気が短く感情的だ。特に身内のことになると尚更。ジョセフは必死に息を整え、それから承太郎を睨むように見た。


「見れば、助かるかもしれんのだぞ」

「なら何故今まで、誰にもそれをやらなかった?」


 言われて、確かにと頷いた。エンヤ婆の時はともかくとして、それ以外で情報を聞き出そうとしたことが今までにあっただろうか。その答えは、もちろんノーだ。例外は唯一、デーボだけだろう。デーボは殺し屋であったが故に、そこまでの情報を知らなかったが、肉の芽を所持していたダンならばDIOのいる正確な場所も、もしかしたら能力でさえ知っていたかもしれない。──盲点。原作という存在を知っていたがゆえに違和感に気がつかなかったわたしと、まるでその道を辿るしかないかのような一行。原作という今となっては忌々しい言葉が頭の中でわたしを嘲笑った。じっとりと背中に冷や汗をかいている。


「わしらはエンヤ婆さんから探ろうとしたじゃろう? それに、デーボのやつだって……」

「それ以外はどうだ。チャンスならいくらでもあったはずだ」


 承太郎の言葉は、事実だ。きっとジョセフの胸にぐっさりと刺さったことだろう。聞き出そうと思っていた、だけどできなかった、なんてそんな子供染みた言い訳は通用しない。だってやってこなかったから。聞き出してこなかったから。そんなことは皆理解していて、誰も反論することができなかった。それでもジョセフは感情を必死に圧し殺した顔で問う。


「どうして、ンドゥールを庇う」

「庇うわけじゃねぇよ。ただ聞いちまえば、こいつは死ぬぞ」

「!」

「忘れたわけじゃねーだろ、ンドゥールは話すくらいなら死のうとしたんだ。だからこうしてベッドで寝てるはめになったんだろうが」


 既にリタイアした人間殺してまで、情報がほしいのか? その問いにジョセフは答えられない。欲しいんだろう、間違いなく。だけれど良心の呵責がそれを許してはくれない。優しくて目に入れても痛くないほど可愛い娘を助けるなら、本当はなんだってしてやりたいはずだ。しかしその為に無害になってしまった人間を殺せば、ジョセフも辛いだろうが、一生知ることがないとは言えホリィさんがそんなことをされて喜ぶとは思えない。ただでさえ、諸悪の根源だとしてもDIOだけは殺さなければならないのだ。その上ンドゥールまで? そうなれば、できない。本当は誰も殺したくなんてないのだから。反吐が出るほどの正しさと優しさ。──割り切って、仕方のないことだと諦めて、気にしなければいいのに。そんな視線を投げかけたジョセフの拳がぎりりと震えた。
mae ato

modoru top