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 ジョセフは口を開かず俯いたまま、僅かながら頷いた。肯定。殺せないと、聞き出さないとの決断。ポルナレフは一人苦い顔をしていたが、それでも口を挟むことはなかった。……ポルナレフはてっきり感情的になるとばかりに思っていたのにどうして黙っているのか、少しばかり気になった。しかし今はそれを問うタイミングではない。もちろん、わたしも彼らの決定を否定することなんてない。ンドゥールに聞かなくとも辿り着く……そんなことは忌々しくなるほど知っている。
 そうして、当の本人のンドゥールは、声を出して笑った。本当におかしそうに腹を抱えて、身体を曲げて肩を震わせて。


「ふふ、ははは……! おかしくて仕方ない……お前らは途方もなく甘いな。いっそ阿呆だ」


 ンドゥールは承太郎を見ていた。視力など関係ない、圧倒的な強い眼差しで射抜いていた。承太郎もそれを受け入れる。真正面から。わたしには踏み入ることができない。この場にいても、どこか遠いところの出来事のように感じてしまう。


「優先順位を間違えるな。母を救うためにここまで来たのだろう?」


 忠告。承太郎は選ばなければならない。母を助けるために、一生、人殺しというものに成り下がる覚悟を。もしくは、母を見殺しにして人殺しを免れる覚悟を? ──そんなことはあり得ない。失笑。考えを振り払う。
 ンドゥールの顔から、笑みが消える。平静。何者も彼を動かせないような、そんな静けさが訪れて、それはンドゥール自身によって壊された。


「DIO様はずっとカイロの屋敷におられるよ」

「!?」

「この目では屋敷を見たことは当然ないし、その必要がないから住所も知らん。行き方もおれの感覚でしか説明できないから、頭の中を覗かれようが……まあ、無意味だろうな」


 目を見開くことなどでは済まされない驚きに襲われて、呆然とンドゥールを見詰めた。わたしだけではない。承太郎もポルナレフもジョセフも、皆がンドゥールを見詰めて、何も言えずに硬直してしまっていた。ンドゥールはそれに構うこともせず、至って平静な口調で言葉を続ける。


「残りの配下は……そうだな。女が一人と、隼が一羽、あとは男だ。正確な人数は残念ながらわからないが、十人は超えると思ったほうがいい。そのうちの三人か四人は屋敷に常駐しているはずだ。あとは能力だが……DIO様を含め、能力については教えられることなど何もない」


 これでどうだ、そんな笑みを向けて。呆然としたわたしたちの中で、動いたのはポルナレフだった。立ち上がった衝撃で椅子が大きな音を立てて倒れた。ポルナレフはわたしを押し退けるようにンドゥールの襟首へと掴みかかる。あまりの勢いに椅子から転げ落ちそうになったわたしの腕をンドゥールがつかんだ。


「仲間を椅子から落としてまで、おれに詰め寄る必要があるのか?」

「っ……! 悪ィ、大丈夫か、ナマエ」

「大丈夫、気にしないで」


 身体を戻すとンドゥールは手を離した。ポルナレフも先ほどまでの勢いは風船から空気が抜けるように萎んでいき、ゆっくりとンドゥールから手を離す。視線は迷うような色を含んでいたが、しっかりとンドゥールの目に視線をあわせていた。


「どうして、話したりした?」


 お前にとってDIOは何よりも大切な存在であるはずなのに、と。そんな言葉が含まれていた。さっきまでそれを雄弁に語っていたのはンドゥール本人なのだから。疑問に思ったのはなにも当然ポルナレフだけでなく、承太郎もジョセフも、そしてわたしもだった。原作。もちろん、そのこともある。だけどそれだけではないのだ。直接会って、直接話して、直接彼の思いを聞いて。ンドゥールの全ては間違いなくDIOだと断言できる。なのに、どうして?


「何故? 理由なら、おれが聞きたいね」


 ンドゥールの笑みは、寂しそうに悲しそうに泣いているように見えた。
mae ato

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