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 正直、困ったことになったと思った。いや普通ならわたしが困る必要など、どこにもありはしない。敵が情報を話してくれたのだから、彼がこのあとどうなろうと本来ならば関係のない話なのである。仮に話してくれた情報が偽物であったとしても、聞いていなくても行くべき方向は大して変わらないのだからそれについても困る必要はない。
 だけれど、わたしはンドゥールを知っている。もちろん大半の情報は今は疎ましくもある“原作”で知ったことだが、話して触れて笑った彼を、わたしは知り得た。人生から考えれば他愛もない時間。それでもンドゥールといる空気は、過ごしやすかった。
 黙り込んでしまっているのは皆、同じだった。どうしたらいいか、わからない。滅多に顔を崩さない承太郎でさえ、ぽかん、と口を開けて少々阿呆面であるのが視界の端に見えた。承太郎にしてみれば、せっかく助け舟を出したというのに自分から話すやつがどこに居るんだとか、文句を言ってもいいだろう。


「はい」


 このままじゃ埒が明かないので、声と共に手を上げた。皆の視線が集中する。視線に晒されるのが嫌で身体を少しだけ引きながらも、口を開いた。


「……状況を、整理してもいいですか?」

「あ、え、……ああ」

「えーと、まず、ンドゥールさんは、わたしたちに有利と思われる情報を話してくださったわけで」

「……そうだな」

「だけど理由は本人にも不明で、」

「……ああ」

「そして何より、彼は明言しませんでしたが、DIOの能力を把握している口ぶりでした。彼に口を割らせなくていいですか」


 わたしはDIOの能力を知っている。だからンドゥールから情報をもらいたいとも思わないが、スタンドの能力を知っているというのは値千金だ。勝利へ近づける第一歩であり、花京院の命を救う一歩となる可能性もある。であれば、本来、ここで確実に引き出していくべき場面だ。
 けれどジョセフは今度はすこしだって揺らいだ表情をせず、まっすぐにわたしを見つめた。


「しない」

「彼が自分から話したことから、もう死ぬ気はないかもしれないとしてもですか?」

「二言はない。我々は、彼から情報を引き出すことはしない。彼はこの後自殺を図るつもりで話している可能性もある。これ以上は不要じゃ」

「わかりました」

「すまん、ナマエちゃん。嫌な役目をやらせた」


 すぐにジョセフに謝られて、まぶたを数回ぱちくり。別にそんなつもりじゃなかったんだけど……。ンドゥール、自分から話したならDIOの能力バレもしちゃって、それで承太郎が意識したら、いい感じに覚醒して、命の危険性が減らないかなっていう自己保身だったんだよね……。
 とりあえず苦笑いで誤魔化しておくことにする。今考えることはそちらではない。問題はンドゥールのことだ。


「わたしたちはこれでいいとして……これからどうするんです?」


 自分に向けられた言葉だと理解したンドゥールはわたしの方を向きながらも、言葉は発さなかった。わたしはンドゥールに、いないところで勝手に死ね、だなんて言葉を口にしてしまったが、それが現実になるといささか気分が悪いし、このあとマジでンドゥールが首を吊る可能性が出てきた。だってもうさ、ンドゥールはこのあと生きている限り、DIOを裏切ったことを後悔しながら生きていくことになるんだよ。しかも自発的に裏切ったわけで。自殺しないまでも確実に病むでしょこれは!
 どこか遠い国の知らない人々であったのならば、本当に勝手にしてくれればいいと思うが、ンドゥール相手ではさすがにそうはいかない。幾分かの間のあと、ンドゥールの唇が開いた。


「……さて、………どうするかな」


 ですよねー! 笑えたらどれだけ良かっただろうか。もしかしてわたしと話したせいでこうなったの? いや、会話にそこまでの影響力はないとしても、わたしが彼を助けたからに間違いはない。こういう状況にンドゥールが陥ったのは紛れもなく、わたしのせい。困った。──いや、困る必要などないのだ。こうなったらやることは一つだ。困るのはきっとこれからだろう。でもきっと楽しい。馬鹿なやつだと自分のことを思い苦笑いしながら、今度は口を開く。はっきりとした意思を持って。


「わかりました。なら、選択肢はひとつだけですね」

「……ま、まさか、もしかして!?」

「責任は取らなくてはいけません」


 ンドゥールには、意味がわからなかっただろう。しかし他の人間にははっきりとデーボのことが思い出されたはずだ。ぎょっとした顔でわたしを見たのは、ジョセフとポルナレフだけで、承太郎は口元を押さえながら喉の奥でくつくつと笑っていた。きっとこのまま放置すればンドゥールは死を選ぶ。そのことがわかっているからこそ、承太郎も安心して笑ったのだろう。


「空条くん、そんなに笑うことはないんじゃないかな」

「そ、そうだぞ承太郎! 笑い事じゃあない!」

「くくっ、笑い事だろ、これは」


 お前らしい解決方法だ、と承太郎は笑う。なんとも心の広い男だなあ、とわたしは苦笑いをしながら思う。ンドゥールは花京院とアヴドゥルを傷つけた張本人だ。デーボのときなんかよりも今は皆が冷静で、ンドゥールの能力だって段違いに危険で、花京院やアヴドゥルの怪我だって重い。いくら死なせたくないと思っているとはいえ、仲間が引き入れるのとはまた話が変わってくるだろうに。ああ、花京院とアヴドゥルにきちんと、謝らないとなあ……。


「……どういうことだ?」


 当然意味を理解し得なかったンドゥールの疑問に、ポルナレフは全ての苛立ちをぶつけるかのごとく、噛み付くように叫んだ。


「ナマエがお前を引き取るって言ってんだよ!」

mae ato

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