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「……引き、取る?」


 ポルナレフの言葉に首を傾げた。言葉の意味は知っているのに、うまく飲み込めないような感覚に陥る。おれを、この少女と言っても差しさわりのない女が、引き取るというのか。しかも責任を取って? 不覚にも、一瞬だけとは言え、嬉しさが湧いたのも、事実だ。ナマエと一緒にいるのは不思議と心地がいい。好きだと言われてうれしい人間といるのに、心地が悪いわけがない。けれどそう素直にうなづくことはできなかった。


「そんなことできるわけがないだろう。第一、お前に何の責任がある?」


 同情。そんなものならいらない。欲しくなどなかった。お前から一番欲しくないものだ。裏切るような気分にさせられて、そんな自分を鼻で笑った。自分の中にナマエという存在を確立させてどうする。おれの精神というものは、心というものはそんなに柔いものだったか。この短時間で丸め込まれている自分に、吐き気さえした。事実、おれは既にDIO様を裏切ってしまっているのだ、いままでの自分とは最早違うものに成り下がっている。一番は、誰だ? おれの一番は、DIO様だとはっきり言い切れた自分はどこにいった?
 ちょっと出て行ってくれませんか。ナマエの声が響く。おれに向けてではないだろう。ポルナレフとジョースターの拒否する声が聞こえたが、それを承太郎が止めて三人は外に出て行った。しん、とした空気がナマエの声で波立った。


「じゃあ、言い方を変えますね」


 ──わたしのものだ。はっきりとした淀みのない口調は、たしかにナマエの声だった。砂漠で怒鳴りつけたものとも、病室で楽しげに話していたものとも違う圧倒的な何かを見せ付けるような声色。ベッドがぎしりと揺れた。ナマエの手がおれの手首を乱暴に掴み、力を込める。目線が突き刺さるようにこちらを向いている。


「ンドゥール、あなたはわたしのものだ」

「なに、を……」

「拒否権なんてものは初めからない。人権も基本権の何もかももあなたには主張させない。わたしはあなたの唯一無二だ。これはお願いなんかじゃないんだよ。生殺与奪の権利は、わたしが持っている。あなたの命はわたしのもので、だからあなたもわたしのもの。ンドゥール、あなたはわたしのことだけ考えていればいい。あなたはDIOなんかには渡さないし、他の誰にだってやるつもりはない。だから、これは命令。旅が終わったら、一緒に暮らそう。わたしたちは、家族になるんだ」


 何が命令なものか。暮らそう、だなんて結局願い事で、家族になるだなんて甘ったれた言葉だ。喉の奥で言葉が詰まって、そんな悪態をつけるわけもなかった。液体が頬や顎を伝って、落ちる。滑稽なほどとめどなく溢れてくるそれが、自分の目から流れているとは俄かには信じられなかった。ぽたりぽたり。静かに零れ落ちた。くすり、と、ナマエが笑った。


「やーい、泣き虫」

「……ナマエだって、泣いていただろう」

「わ、忘れていたことを蒸し返すのはよくないぞー! 減点一だぞ!」

「……減点が溜まるとどうなるんだ?」

「強制的に家事をさせられる。減点五点でお風呂掃除とか」


 それは大変そうだな、と言えば、そうだねえと暢気な声。ぐいぐいと服の袖口で目元を拭かれ、すこしひりひりとした。まるで子と親のようだと馬鹿らしくて笑う。


「帰ってくるのを、待ってればいいんだな?」


 それはきっと、DIO様が殺害されたときだろう。そのときおれは、ナマエを殺そうとするかもしれないし、あるいはしないかもしれない。ナマエに対する裏切りでもあり、DIO様に対する裏切りでもあったが、それさえも許容されている気がした。うん、と頷いたナマエが、あ、と大きく口を開けた。気まずそうな声が響く。


「実はその………もう一人、いるんだ」

mae ato

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