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 朝が来た。ホテルの部屋で目を覚まし、しばらくの間ぼうっとしている。寝起きに頭が働かないのはいつものことで、欠伸をしたり背筋を伸ばしたりしながらのろのろと行動を開始する。歯を磨き、顔を洗い、着替え終えるころには頭もどうにか冴えてきた。皆で食事を取り、病院へと向かう。
 支払いを済ませてからンドゥールの部屋へ行って、それからアヴドゥルと合流した。ンドゥールと顔を合わせて驚いたようだが、すぐに説明は求めなかった。さすがアヴドゥル大人。そのまま無言で花京院の病室に向かう。
 ドアを開けた先のベッドの上に、花京院がいるのが目に入った。怪我した左目だけでなく右目まで覆う巻かれた包帯。それに自分の行動を、すこしだけ後悔させられた。自分の命を狙った男を、自分を殺そうとした男を、受け入れるような仲間に信頼を置けるだろうか? 否、それは仲間だと言えるだろうか。わたしならどうだろうか。ちゃんと花京院たちのことを考えていただろうか? 仲間よりも、敵であるンドゥールを優先させたのではないだろうか? 唇が引きつるような感覚に襲われた。


「あ。みんな、来てくれたのかい?」

「ああ。花京院、調子はどうだ?」

「瞳のところを切られたわけではないから、キズはすぐに治るらしいよ…ぼくが中学のころ、同級生が野球のボールで眼球をクシャクシャになるぐらいつぶされたが、翌日には治っていたよ。眼球の中の水分だけが出ただけらしいんだ…」


 あの時はそれなりにショッキングな映像だったけど、自分だと落ち着いていられるものだね。花京院はまるで全く気にしていないとばかりの笑顔だったが、なけなしの良心が罪悪感にやられてしまったようだ。


「元気そうでよかった」

「アヴドゥルさんの調子はどうですか」


 そんな会話を二、三続け、言葉が途切れた途端、一言も声を発していなかったンドゥールへと視線が集まった。寧ろ集まるべきはわたしだと思うのだが、やられたアヴドゥルや仲間思いのポルナレフからすれば、ンドゥールのことを嫌っていて当然とも言える。頬を掻きながらも、わたしもここに来て初めて声を出した。


「あー……と、まず、花京院くん。失明したりしてなくて本当によかった。まあ、ちょっとの間かもしれないけど、英気を養うためにゆっくりしてて」

「はい。ありがとうございます」

「それからアヴドゥルさんも。ひどい怪我じゃなくてよかったです」

「ああ……それで…」

「うん、その、二人に話さなきゃいけないことがあるんです」


 今度はンドゥールからわたしへと皆の視線が動く。ポルナレフだけは、やはりまだ不満なのかわたしの方を向かなかった。口から苦笑いが取れない。言いづらいが、だからと言って、自分で決めたことを覆すつもりはない。未だ苦い顔のまま口を開いたのだが、わたしが言葉を発するよりも早く、花京院のよく通る声によって遮られた。


「水のスタンド使いのことでしょう?」

「へ?」

「あれ、違いましたか? てっきり、ナマエさんがあの男をデーボのときのように、と思ったんですけど……」

「そうなのか?!」

「そ、そうです、ごめんなさい……でも、え、ええ〜……? なんでわかっちゃった……? 花京院くん、なんで?」


 なんでわかったのだろうか。今は見えていないのだから、ここにンドゥールがいるということもわからないはずなのに。わたしは間抜けな声を上げることしかできない。承太郎は理解したようにひとつ頷き、花京院はくすりと品良くわらった。


「それでこそ、ナマエさんですから。ぼくやアヴドゥルさんのことがあって言いづらかったんでしょう? ぼくは、気にしてません。大丈夫ですよ」

「え、いやでもそういうわけには!」

「そういうことか。わたしも怪我はしたが気にしなくていい。一日で退院できるくらいだ」

「いやいやいや! それじゃあダメでしょう?!」


 けじめをつけるのは当然のことだ。それだけのことをしているという自覚はあるし、花京院が言い出してくれて助かったこともある。だからこそこれだけは譲れない。突っ立っていたンドゥールの腕を引っつかみ、花京院の前まで行くと、今度は花京院の手をつかんだ。それには花京院も驚いたようで、顔をあたふたと動かしていた。手をわたしの頬に触れさせる。


「ここがわたしの顔」

「へっえっあ、あの? ナマエさん?」

「ここがわたしの顔」


 後ろではため息が聞こえた。たぶん、またか、と思っているんだろう。そうなの、またなの。でもわたしは何も持ってないから自分を痛め付けることでしかお詫びしようもない。こんなことをして誰も幸せにならない、自分勝手の自己満足にしか過ぎない行為だ。とりあえずこれで済ませてもらって、無事に帰れたらこの分は労働力やらなにやらで恩と詫びを返していこうと思う。
 花京院は随分困った顔をしていたが、納得しないことはわかっていたのか、ぱちん、と叩いた。ため息をついたアヴドゥルにも叩いてもらい、今度はアヴドゥルの前にンドゥールを突き出した。


「……すまなかったな」

「……ああ」


 ぱちん、と軽い音がした。アヴドゥルは恨むという気持ちが根本的に薄いのかもしれない。その証拠にぽん、と肩を叩いて、応援しているように見える。アヴドゥル、殺されかけたの忘れちゃったの?
 ンドゥールは身体の向きを直して、花京院にも謝った。わたしがンドゥールの顔まで手を持っていくと花京院は手を振りかぶった。そう、振りかぶったのである。拳を。ゴッ、と結構な音がして、ンドゥールの身体がよろめいた。イッ……。


「これでチャラだ」


 にっこりと笑った花京院は、とても綺麗に笑っていたのだが、わたしにはさっきの殴った映像のインパクトが強すぎた。花京院って結構こういうことするよね、びっくりする。顔と普段の物腰に似合わない行動だからほんと、息とまるかと思う。
 ンドゥールの唇は切れて血を垂らしていたが、ニッと笑っていたので二人の中では決着がついたのだろう。どちらも見えていないというのに握手を交わした。すごい。そして花京院は、わたしたちに向き直して力強く笑った。


「数日したら包帯が取れる。すぐに君たちのあとを追うよ」

mae ato

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