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 ポルナレフの持っている刀……もとい、アヌビス神を見ながら誰にもバレないようにため息をつく。うーん、……どうしたもんかな、今回。アヌビス神は、わたしにとって今までで一番相性の悪い相手だと思う。触らなければ止められないのに、触ったらきっと操られるし、怪我をする可能性も高い。そして本体が存在しないため、本体を止めてしまうのも不可能だ。どっちの方が先に能力発動するかなんていう賭けはできない。水の中にログアウトしてもらうのが一番だと思うが、そのためには刀に触らなければならない。
 放っておいて、勝つのを待つわけにはいかない。勝ち方は、承太郎が腹で受け止めて折る、なのだ。それを最善だと言い張るほど、わたしの性格はねじくれていない。だからと言ってわたしが操られたらそれこそ大問題だ。ヴィトを使われたら色々終わってしまう。
 そんなことを黙々と考えていたら、もうトコ屋だ。これはやばい。やばい、やばい、やばい。一大事どころじゃない。このままではもれなく正規ルートに入ってしまうことになる。


「ポルナレフ、その剣持ってきたのか?」

「ああ、ちょっとおやじ、この刀そっちにおいといてく…」

「それ、こっちにおいとくよ」


 店のおやじに渡すことになるのはまずいと思わず手を伸ばす。慌てて剣の鞘をつかみ、わたしと承太郎が座っている間に置く。とりあえずは何も起こらなかった。硬直した拳をゆっくりと開けば、手のひらがじっとりと汗をかいていた。ポルナレフはわたしにお礼を言うと、話の続きをし始める。


「その刀は警察にとどけるんだぜ。どうみても兇器だからな。あの遺跡の所にすてておくと、誰がひろうかわからんぜ。高価そうだしな」

「あの、さ、ポルナレフ」

「あん? どうした?」

「この刀、スタンド使いが持ってたんだよね? それで、この刀で、攻撃してきたんだよね?」

「そうなんだよッ! 動きは素人って感じなんだけどよ〜物体の切る、切らないを選べる能力で…いやー強かったぜ。おれほどじゃあねえけどな!」

「……ナマエ、どういうことだ?」


 ポルナレフは承太郎の言葉に不思議そうな顔をしていた。さすが承太郎というか、こういうときに本当にありがたい頭をしている。本音を言うならば自分でわかってくれるのが一番なのだが、それは酷というものだろう。わたしなんて正解を最初から与えられてるだけだし、そんなえらそうなことはとてもじゃないが言えない。だから矛盾しない程度に、おかしく見えない程度に、ヒントを小出しにする。


「スタンド使いだったら刀は寧ろ、怪しくないかな。わたしは敵です、って宣伝して歩いてるようなものじゃない?」

「いやチャカ…スタンド使いだが、そいつは多分こう、真正面からの対戦が好きなやつだったんじゃねーのか?」

「だとしても、なんで刀なのかな? 素人なんだよね? 通過できるものを選べるんだったらマシンガンだって爆弾だってなんだってよかったはずで……ナイフだって包丁だっていい。素人には刀よりはよっぽど使えると思うの」

「ちょ、ちょっと待てよ。スタンド使いに爆弾とかは効かねーだろ! それに、ナイフなんかで近づいてきたらおれにやられちまうしよ」

「能力がかかってたら別でしょう?」


 身体にかけることができれば、ポルナレフの攻撃どころか何の攻撃だって通じやしない。それが事実だとしたら、なんて最強の能力だろうか。末恐ろしい話だ。背筋がぞくぞくとするのがわかった。ポルナレフは納得がいかない、とばかりに難しい顔をしている。わたしたちの話を聞いていた承太郎は、刀に視線を移してはっきりとした口調で言った。


「この刀でなければならねー理由があった、ってことだろうな」

「わたしはそう思う。……ねえ、ポルナレフ。スタンドの姿は見た?」

「へ? スタンド……?」

「……そう、か」


 承太郎が驚いたように刀を見た。ポルナレフは相変わらず意味を理解していないようで、どういうことだよって疑問を飛ばしている。その間に承太郎は正解にたどり着いた、ようだった。


「つまり、この刀がスタンドだと言いたいんだな?」


 さすが承太郎。そこまで聡明だと怖いかも、とひきつりそうな唇を無理矢理下げて、神妙な顔でゆっくりうなづいた。
mae ato

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