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 さっきまで操られることなく持てていたポルナレフが細心の注意を払いながら柄の部分を避けて鞘を掴み、わたしたちはアヌビス神を無効化するために河に向かうことにした。河に捨てるときは、スタープラチナで鞘の上から砕粉々にくことも忘れずにだ。あくまでも剣は引き抜かない。それさえ守れれば、おそらく勝てる戦いなのだから。トコ屋から出てナイル河に向かって歩いていた、他愛もない会話をしながら。


「コラア! 警察だッ! なんだッ! その刀はッ!」

「あッ!」

「本官に渡しなさいッ!」

「なに! お…おい、やめろッ、ひっぱるなッ!」


 嘘、と口から出る前に、すらりと刀が抜けた。やばい、やばい、この展開には正直ついていけない。アヌビス神相手は本当に分が悪い。ヴィトの防護壁も切られてしまうかもしれない。しかし裏を返せば、ポルナレフが操られている今ならば、触っても問題ないだろうし、その隙に能力を止めれば……ちょっと、待って。そもそもスタンドであるアヌビス神の能力を止める、というのは、どういうことなのだろうか。あれは剣だ。剣であることは、意思を持つことは、止めることではない。成長は、他人が止める止めないのものではない。通過するかしないかを選択することを止めさせても、アヌビス神本来の強さには規制がかからない……って、ことは、もしかして……意味なんて、ない? マジ?


「……ピンチだ、これ」


 本格的にピンチだったことに今更気付いても仕方がないのだが、頭の中は大パニックである。承太郎もこの状況が危ないものであることには気が付いている。先ほどの考えが間違っていることを望みながらも、すでに臨戦態勢でスタープラチナを出していた。わたしもヴィトを出して、命令した。


「もし攻撃されたら避けて、ヴィト」

「是。ナマエ、怪我回避、最優先事項」

「いや……わたしじゃなくてあんたのことなんだけど……うん……まあいいや」


 そんな一瞬の暢気さはアヌビス神に支配されてしまったポルナレフによって一掃される。うろたえた警察に容赦なく、そして楽しそうに切りかかろうとするのを、承太郎が警察を膝で蹴り飛ばして助けてやるとわたしたちは対峙する形を取った。かばうようにわたしの前に立ってくれる承太郎に感謝しながら息を整える。ああ……アヴドゥルも呼べばよかった。アヴドゥルがいれば、溶かしてしまえたかもしれないのに! そうだよ! それでよかったじゃん! わたしのアホ! 馬鹿! のーたりん!


「どうやら…ポルナレフは術にはまったらしいな…」

「ああそうだッ! 小娘、よくからくりがわかったなあ…この『アヌビス神』の本体は500年前この剣を作った刀鍛冶…そのスタンドだけが生きている。つまり本体のいないスタンド………」

「……自己紹介、ご丁寧にどうも」

「つまり本体を倒せばいいなんて甘い考えは通用しないッ!」


 そう言いながら承太郎に切りかかる。まず強い方から倒そうというわけか、誰だってそーする、おれだってそーする。その隙をつければいいのだが、一発、スタープラチナの拳が顔面に入るとポルナレフは飛んでいった。承太郎の額には汗が浮かんでいる。


「気をつけろナマエ。当てるのがせいいっぱいだった…ひさびさに登場した策や術を使わない『正統派スタンド』だ…しかも相手はポルナレフ。こいつは…相当やばいぜ」


 返事をする前に遠くに転がるポルナレフが起き上がる。口の端から血が流れているのが見える、多分口の中を切ったのだろう。スタープラチナに殴られて、口の中を切る程度……それって、とんだ化け物じゃないか。軽くでも見切ってる、ってことでしょう?


「さすが『スタープラチナ』…うわさ通り相当素早い動きだ……しかしその動き……“今ので憶えた”…」


 にたりと笑ったポルナレフが雄たけびを上げながら飛び掛ってくる。口に出さずとも、次はさっきよりも速く強い攻撃が来るであろうことはわかっていた。承太郎はわたしを突き飛ばし、襲い掛かるアヌビス神を両手でばちんと挟み、そのまま力任せに圧し折って見せた。ポルナレフの目が極限まで開かれ、ぐらりと身体が揺れる。そのまま倒れ、意識を失う──はずではなかったのか。ポルナレフは倒れかけた身体を前に出した左足で踏みとどまり、顔をゆっくりと上げた。


「まさか…白刃取りをやるとは。なるほど、スタープラチナの強さは…その素早さと正確さだけでなく、承太郎の冷静な判断力のせいだったのか………たしかに、“憶えた”ぞ!」

mae ato

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