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 パァンッ、その音を聞いたのは初めてのことではないため、それが銃声であるということはすぐに分かった。しかしその発信源を突き止めようと、脳が働く前にナマエの左肩に視線が固定されて動かなかった。貫通した弾が赤い花を咲かせていた。おれや承太郎の前に立っていたから、ナマエが撃たれた。油を差してないブリキの人形みたいなぎこちない動きでナマエが振り返る。向こうには警官が見えた……剣の破片を持った、警官の姿が。にたりとした不愉快な笑みは、チャカのときに見たものと瓜二つだった。造形の全く違う二つの顔が同じに見えるほど、同じ笑い方。間違いなく、あの警官にはアヌビス神が取り付いている。


「よくもやってくれたなあ! 承太郎、ナマエ! おかげでおれも500年前以来、初めてバラバラになっちまったわけだ。しかし……その動きですら“憶えた”ぞッ!!!」

「わたしに銃を向けるな」


 背筋がぞっとするような冷たい声だった。背中を向けているため、ナマエの表情を伺い知ることはできない。──ぎちぎちぎち。吐き気が込み上げてくるような、受け入れたら何かが終わってしまうかのような音がした。まるで内側から力任せに肉を裂いている、なんて言う表現が一番しっくりと来るのだ。そんな音を聞いたことなどないなのに、はっきりとそう思った。べちゃり。水っぽい、湿っぽい音がした。少し弾力のある肉が落ちる音。ぐちゃぐちゃではない塊が落ちる音。


「8340836E836E836E836E836E836E!!」


 空気さえも切り裂くような哄笑。背中がぞわり粟立った。知っている。おれはこの怖気のする声を、よく知っている。顔を上げればナマエの横に立つ影を見つけた。直視してはいけないと思わせるおぞましさを漂わせるただの人形のその見た目に、にたりとした笑みを貼り付けて首をぐるりと無理に回転させ、おれを見ていた。目なんてものは存在していないのに確かにおれを見ていた。ヴィト。ヴィトであってヴィトでなく、これこそがヴィトだという確固たる物。その下には何かが落ちていた。赤黒いものにまみれた何かが飛び散っていた。理解は、したくなかった。


「な、なんだ、それは、っ、……何なんだアッ!?」


 アヌビス神に操られた警官が狼狽したように声を上げた。目を極限まで見開き汗を尋常じゃないほどにかいて、拳銃とアヌビス神を握る手がガタガタと奇妙なまでに震えている。おれだってこのヴィトの存在は、恐ろしいものだ。視界にいれていると恐ろしく、不安に駆られるかもしれない。だがあんなふうになったりするものだろうか。その答えはノーだ。以前もっと間近で敵意を向けられたホル・ホースでさえ、そんなことにはならなかったのだ。あいつがなるはずがない。ならば、なぜ、……


「や、やめろ、ッ、なんだ、なんでそんなものが生まれるんだッ!!」


 カタカタを揺れた指が、引き金を引くのがわかった。パァンと音が弾けた瞬間、承太郎は伸ばした腕でナマエの手を掴むと身体を引っ張った。ナマエは承太郎の上に倒れこみ、おれはただ動けずにそれを見ていた。大丈夫かと声をかける承太郎に、ナマエがすこし呆けた顔のあと、大丈夫だと苦笑いをした。
 先ほど撃たれた銃弾はどこへ行ったのだろうか。そうして見た視界の先で息を飲んだ。拳銃を握っていたはずの手が、存在していなかった。手首から先、丸見えの肉と骨が焦げ付いたようにぶすぶすと黒い煙を上げている。足元には拳銃だったものを握る、原型を留めている手。見開かれた目の先にある反対側の手からは、剣の欠片が滑り落ちた。途端警官は自分の手を見て絶叫し、地面を転げまわっている。


「……何が、起きたんだ?」

「暴発したんじゃねーか……それよりナマエの怪我がひどい。ポルナレフ、じじいたちを呼んできてくれ」

「あ、お、おう」


 肩を押さえて痛みに顔を歪めるナマエの頭を撫でてから、少しふらつく身体でジョースターさんたちのところへ急ぐことにした。……きっとナマエは銃を向けられて、とても嫌な思いをしたはずだ。ホル・ホースのときにあんなに怯えていたのとは違い、さっきは怯えていなかったけれど、だからこそ、尚更。なのにおれは動けず、ただぼうっとしていただけだなんて。心臓が不甲斐なさで押しつぶされそうだった。
mae ato

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