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 皆がホテルに行き、今日だけは入院することになった。病院食は美味しいともまずいとも言いがたい味だったが、入院患者が文句を言える立場ではない。それよりも怖いの夜である。わたしはいままで入院の経験はなかったので、今回がはじめての入院ということになる。
 病院……夜……。その単語から想像されるのは幽霊だ。嫌だ、なにそれすっごく怖い。でもよくよく考えたら怖いことなんてないのではないだろうか。だってここはエジプトだ。ということは、わたしが怖い日本人ばりばりの某井戸から出てくる方のような幽霊さんは出てこないはずだ。なんだ平気じゃん、とため息をついた。
 瞬間、下からにゅっと現れたヴィトに少しばかり心臓を止められかけたのは仕方のないことだと思う。驚いたわたしにヴィトは首を傾げる。


“どうしたの?”

「いや、なんでもないよ……ああ、ヴィト、戻っちゃったんだね」


 ヴィトは最近見慣れたてるてる坊主の姿から赤ん坊のような以前の姿に戻っている。しかもよくよく見てみると、胸だけプラスチックの肌がなくなっている。まるで開胸しているかのようにその部分に胸はなく、ただただ赤黒い靄が漏れ出している。どうしたのこれ、とヴィトの顔を見れば、にっかりと笑ったまま何かを差し出した。ヴィトの肌によく似た素材に包まれた、三十センチほどのものだった。きっちりと密閉されてるようで、それが何か、わたしにはわからない。


「……ヴィト、これは?」

“持ってて。大切にして”

「わかった、けどこれ、何?」

“時がくればわかるよ”


 この姿のヴィトのようには思えないほどしっかりとした口調で、大人びた落ち着いた声色。それを不思議に思うのは当然のことで、わたしはゆっくりと首を傾げた。ヴィトの唇は未だ笑ったままだ。どうしたのと声をかけようとしたのだが、突然腕の中に飛び込んできたイギーによってそれは遮られる。視線を下に落とし、まるでお前の足はおれの場所だと言わんばかりの顔をして座っている。


「あのねえ……」


 もしかしなくてもこれ、舐められてるのかな、ヴィト。その言葉は喉元まで行って、そこから先出ることはなく止まってしまった。目線をあげた先にいたのは、てるてる坊主姿のヴィトだったからだ。ニッカリとした三日月の口はぶれることはない。足にイギーを乗せたまま、ヴィトを引き寄せぎゅっと抱きしめる。勿論体温は感じない、けれど、とても不思議な感じがした。


「ナマエ、如何、在?」

「……別に、なんでもないよ」


 ヴィトにもらったものをぎゅっときつく握り締める。──大丈夫、やってみせるよ。
mae ato

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