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 コーヒーを飲みにホテルのロビーラウンジへと入る。承太郎を座らせたまま、カウンターにいたバリスタの方にコーヒーを二つ、席まで持ってきてもらえるように頼んで、わたしも席に座った。日当たりもよく人に話も聞かれないであろう、ぽつんと孤立した窓側の席。お互いに何かを発することなく、ただ静かな時間が流れた。バリスタさんがコーヒーを二つ持ってきてくれて、テーブルの上に陶器のカップが二つ並ぶ。そのうちのひとつを手に取り、黒い液体を口へと含んだ。独特の苦味が頭をはっきりさせる。
 承太郎はしばらくの間、口を閉ざしたままだった。話さないのなら話さなくてもいいと思っているので、わたしからも何も話しかけはしない。自分の中だけで解決できることならば、それでも構わないことだから。


「……、おれは、」


 承太郎の口から、ぽつりと言葉が漏れた。俯いたままの視線はわたしの視線と絡むことはない。ようやくのことで紡がれた言葉もすぐに続きは生まれてこなかった。考えがまとまっていないのかもしれない。もしくは、考えがまとまっているのにうまく言葉にできないのかもしれない。わたしは待つ。何をするわけでもなく、ただ承太郎をすこし遠くに見つめながら。


「あの女が言ったように、矛盾した行動を取ってる。DIOのことを、……殺さなきゃあならねーのは、ずっと前からわかってたことだ。そのために、敵を倒してきた。殴り飛ばすことに抵抗もなかったな」


 承太郎の場合は相手が悪人ということを差し引いても、元々彼自身が不良なのだから喧嘩だって日常茶飯事だったのだろう。それが原因で留置所に入れられるくらいの人間。だったらやっぱり殴るくらいなら、なんでもないのかもしれない。


「だけど、殺しは、違う」


 正確に殺しの意味を知ってしまった今では、軽々しくそんなことを考えられない。串刺しにされたJ・ガイルを目撃している。ポルナレフが苦しんで殺したことに気付いている。街に転がる死体、ほんのすこし前まで生きていた人間たちが人間から遺体になってしまった瞬間を見ている。
 死ではなく、殺し。こんな旅でもなければ、一生知らなくて良かったかもしれないこと。知らなければよかったこと。承太郎はずっと、そして今もそれに苦しめられている。


「最優先なのは、DIOの野郎を殺すことだ。時間がない今、ンドゥールのやつの頭の中をひっくり返してでも情報がいる。だけどおれはあいつを助けた。偽善かもしれねーが、それでいいと、思ったんだ。DIOを殺すくせにな。……殺さなきゃならねー、わかってる。間違いなく殺すってことは。なのに一人助けてみたりして、まるでこれからすることをなかったことにしてえみてーだ」


 承太郎は、やってられないとばかりに宙を仰ぐ。それきり口を閉ざしてしまった承太郎は、いい意味でも悪い意味でも早く大人になり過ぎてしまったんだなあ、と思った。ふう、とため息をつき、テーブルにおいてあった紙を丸め承太郎に投げる。驚きながらも持ち前の反射神経で紙をキャッチした承太郎と、そこではじめて目があった。逸らされる前に言葉を発する。


「空条くん、もっと他の人に頼りなよ」

「……頼る?」

「忘れてるかもしれないけど、まだ子供なんだからさ。気付いてないかもしれないけど、今だって全部断定的な話し方で、わたしに意見を求めないどころか、空条くんの中では全て確定されたことになっているみたいだったよ。解決できていないのにも関わらずね。空条くんは、まず、甘え方を覚えた方がいいと思うな」


 ぱちくりと瞬きした顔は、なんとなく子供っぽくて噴き出しそうになった。結構なふけ顔だと思っていたけど、やはりまだ幼さが残っている。まだ十数年しか生きていない高校生なのだと、知っていたことを改めて思い出させてくれる。承太郎は、なんともいえない顔のまま、ならばと言葉をこぼした。


「……じゃあ、ナマエはどう思う?」

mae ato

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