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 しばらく静かな空気が続き、わたしたちは何も話さなかった。ただただ静寂が流れ、お互いの様子を探ることもなく。わたしはぼうっと外を見ていたり、夕飯について考えていたり、そういえばマライヤはどうなったかな、なんて考えていた。
 そうして冷めたコーヒーに手を伸ばし、その中身を飲み干して、今更ながらとあることに気が付く。承太郎が悩んでいたのはそれだけではなかったはずだ。かちゃん、と陶器同士がぶつかって音が響いた。顔を上げて窓の外を眺めていた承太郎に、声をかける。


「空条くん」

「……なんだ」

「殺す人間は、殺される人間に変わること、忘れちゃいけないよ」

「……ああ、」

「殺した人間は必ずどこかで誰かに殺される」


 これは忠告のようで、ある種の死刑宣告でもあった。わかっていることかもしれないが言葉に発すると、他人に発せられるとその重みは急に姿を変え、じわじわと増していくものだ。殺すことは、どう考えても重い。強靭であるはずの空条承太郎が、ぐちゃぐちゃに潰れてしまいそうなほどに。緑の瞳が揺れていた。
 ──その瞳に、すとんと覚悟が決まった。もういい。もういいんだ。わたしの人生なんて、わたしの異常性なんてもういい。ぜんぶ、めちゃくちゃになったって、もういいや。自分の普通を大事に守るのはもう終わり。そんなものより大切なものができたから。


「だけどね、DIOを殺すのは空条くん一人じゃないから」

「……ナマエ」

「わたしも一緒に殺す。大丈夫、だからそのときは、一緒に殺されてね?」


 そう笑ってからわたしは席から立ち上がり座っている承太郎の横に立ち、帽子を引っぺがすと頭をわしゃわしゃと撫でた。それはもう豪快に、犬を相手にするように。驚いたと同時に、承太郎がわたしの手を止めるためにがしりと掴んだ。やめろ、という目線に従って、髪の毛を適度に直してから、帽子を元の位置に乗せる。


「ごめん、ごめん。じゃ、わたし部屋に戻ってるから。コーヒー飲んだら空条くんも帰っておいでね」

「……ああ」


 きっとこの先もずっと苦しむんだろうなぁ、と聞こえないような声で呟きながら、わたしは逃げるように部屋に戻る。ため息をついてエスカレーターを上っていると、目の前にマライヤが勢いよく走ってくるのが見えた。え!? いや、ちょっと!? 逃げてますけど!? 軽い身のこなしでわたしの横をたん、とマライヤが飛んだ。目が合う。──逃がしては、いけない。咄嗟にそう思ったわたしは、エスカレーターから飛び降りる。足と左肩の傷口にじいんと来たが、そのまま気にせずマライヤのあとを必死に追いかける。
 あんなに身のこなしのすごい人に追いつくのは難しいだろう。追いかけているうちに、わたしの息は上がっているし、図らずも大きく腕を振ってしまったせいで肩はずきずきと痛みを主張し始めた。ぜったい出血してるんですけど!? 逃げられてなるものかと苦し紛れに持っていたネイルハンマーをぶん投げる。


「これでもくら、っえ!?」


 しかしそれはわたしの予想に反して、本当に彼女の腕に刺さってしまった。マライヤは苦痛に顔を歪めながらもそれを抜き、投げ捨てると窓から飛び降りるがのごとく外へ出る。窓の側に近寄ると、逃げていく背中が見えた。床に落ちていた血の付着したネイルハンマーを拾いあげると、心臓がどくどくと悲鳴を上げた。
mae ato

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