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 あまりに突飛な話の切り出しであったがために、わたしの頭は冷静になることができた。だってポルナレフがわたしを含めジョースター一行を殺すだなんてことが、絶対にない。あり得ない。百億パーセントない。ポルナレフは調子もいいし、すぐにおどけてみせたり、短気だったり、騙されやすかったりするが、変なとこ純粋でまっすぐで熱くて仲間思いのいいやつである。そんなことは絶対絶対ぜえーったいにありえない。
 だけどそんなポルナレフを、追い詰める何かが、確かにあるのだ。仲間を殺してしまうのではないかと思わせる何かが、どこかに。


「何があったの?」


 問えばポルナレフは俯き、自分の拳を瞬き一つしない目で見つめながら、震わせた声で恐る恐る言葉を紡いだ。


「殺しちまおう、って、思うんだよ」


 衝撃的な言葉だった。それを咀嚼してうまく飲み込むことができなくて、わたしは瞬きをして、呆然とポルナレフを見ていた。ポルナレフは早口に体内から言葉を吐き出していく。


「初めはンドゥールの野郎の時だった。おれはあいつがおれを煽るようなムカつく笑みを浮かべただけだってのに、一瞬でも本気で殺してやろうと思ったんだ。勿論ナマエやアヴドゥル、花京院がやられたってこともあった。だけど、それだけじゃねーんだよ。おれは確実にあいつを殺そうと思ったんだ。殺したいとか殺してやろうとかそんなんじゃなくてよ。間違いなく殺すって、殺しちまえばいいって思ったんだよ」


 それにマライヤのときだってそうだ、呟いたポルナレフが目一杯の力で自分の腕を握る。力を込めすぎた手は、さっきまでとは違う震えを見せていた。ぎゅっと瞑った目蓋は、そんな自分を認めたくないとばかりにきつくきつく閉じられている。止めていた呼吸を再開させて、ポルナレフはまた思いを吐き出した。


「アヌビス神のやつに操られたのも偶然なんかじゃなくておれが無意識に抜いたんじゃねーかって思うんだよ。おれは殺すことに躊躇いがなくなって、箍が外れてんじゃないか、おれはこのままじゃお前らを殺しちまうんじゃないかって!」


 それが、怖い。誰も殺したくなんかないのだとばかりに、声を絞り出していた。かち合った視線の向こうにポルナレフの目が見えた。わたしはどうしたらいいのか、わからなかった。慰めるべきなのか、叱咤すべきなのか、受け入れるべきなのか、拒み絶つべきなのか、誤魔化すべきなのか、解決すべきなのか。そもそも解決なんてことができるのだろうか、解決とはなんなのだろうか。わたしの人生はポルナレフに比べたら平凡で、わたしの恐怖はポルナレフとは交わる真逆で。そう思ったらたまらなく悲しくて、たまらなく、羨ましいような気さえして。
 わたしには、殺した後にそんなふうに言える自信はない。きっと、もっと、ゴミみたいな感想しか思い浮かばないだろう。そしてそれを、何も思わない。──そういう人間ではいたくない。なりたくない。だから、わたしは馬鹿みたいなことを繰り返している。


「最低だって、言ってくれ」


 一度殺しを覚えてしまったおれは、それで済まそうとしているんだ。自分に対するものを殺してしまえば、消してしまえば、簡単だと気がついてしまった。
 その表情から感情を読み取るとしたら、諦めだ。もうおれは人殺しでいい、だなんていう諦め。慣れてしまうとしている。踏み外そうとしている。だけど本当はそんなことしたくない。でも諦めた方が楽なことは目に見えている。ポルナレフは今、そういうふうになっている。それがわかって、背中を押してやる仲間がどこにいるというのか。


「ポルナレフは優しいよ」

「……違う、おれは、」

「あなたは善良で、人を殺す理由は誰かを守るため、それだけ。誰かが泣くのを許せないから、自分が罪を背負ってる」

「やめてくれ、おれは……!!」

「ポルナレフ、あなたは絶対に、わたしたちを殺したりなんかしない」


 大丈夫だとゆっくりと彼の手を取る。振り払うようなことはしなかった。どちらも茨の道になるだろう。けれどポルナレフにはせめて、日の当たる世界を歩いてほしい。しばらくそうしているとポルナレフはゆるゆると口許を緩ませ、馬鹿じゃねーの、と涙をこぼした。
mae ato

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