139
 マライヤが失敗したため、ホテルを移動したジョースター一行だったが、既にどこにいるのかはわかっていた。一対一であれば勝つ自信はある……しかし正直五人が五人固まっていると、勝因が見当たらない。ぐっと纏まっているのなら話は違ってくるが、普通に歩いているような状態なら影は全員を入れられるほどには大きくはならない。マライヤが半数を引き付けてくれていれば話は変わってきたというのにあのバカ女ときたら、準備段階で失敗するとはどういうことだ。
 あんなのと組まされたおれは、可哀想にもほどがある!
 苛立ちのまま仁王立ちしていると、どん、と足に衝撃があった。目線を下げればガキがズボンに泥水をぶっかけている。


「大丈夫ですか?」


 ガキを問い詰めようとしていたところ、軽く肩が叩かれ振り向けば、なんとターゲットであるナマエだった! これはついてる。他のやつらはおらず、かなり厄介な能力を持つナマエはおれの目の前にいる。ハンカチを差し出していたナマエの手を取り、目一杯の笑顔を向けた。


「ありがとうございますゥ〜ッ! あっ、ハンカチ、汚してしまってすみませんねェ……」

「いえ、お気になさらず」

「ああ! お礼にジュースくらいなら奢りますよォ!」


 指差した先には寂れた自販機。店までついてこいというのは無理だろうが、あそこまでなら大丈夫だろう。案の定ナマエは簡単についてきて、じゃあこれを、と炭酸を選んだ。おれは道からナマエが見えないように立つと、影をゆっくりと動かしてセト神を発動させた。くるりとナマエが振り返り、口の端をあげて笑っていた。


「どうかしたんですか、アレッシーさん?」


 一瞬、頭の中がショートした。何故……この女はおれのことを知っている? 何故セト神は発動しない? 不穏な笑みを浮かべるナマエは、どこから出したのか、気付いたらおれの顎の下に金槌を向けていた。先の尖った釘抜き部分が、随分ひんやりとしているように感じた。


「動かないでくださいね? わたしもあなたに怪我はさせたくないですから」


 ヴィト、身体の動きを止めて。その言葉でヴィトと呼ばれたクリーチャーのようなスタンドがおれの身体に触れて、ぴくりともおれは動けなくなった。これがこいつの力。圧倒的な力の差を感じて背筋がぞくりとざわついた。ナマエは笑みを絶やさず、金槌を下ろすこともなく言葉を続けた。


「ふふ、すみませんね、こんな真似して。でもね、お願いがあるんですよ」

「お、お願いだと!?」

「ええ、そうです」


 思わず口走った言葉は、はっきりと声となって現れた。どうやらその“お願い”とやらのために、口は動くようにしてあるようだ。叫んで周りに助けを乞ってみるか? 目の前に少女を隠しているおれの方が圧倒的に不利ではあるが、それでも最低限この状況からは解放される。口を大きく開こうとして、顎の下に当てられていた金槌が上へと力を増させているのに気がついた。にたりと笑いながら歯を見せて、ナマエが力を込めていく。


「叫ぼうなんて、考えないでくださいね。そんなことしたら物理的に話せなくしちゃいますから」


 力が込められてもおれは頭を動かすことができず息を飲んだ。ただの小娘、だったはずだ。そんなナマエが顎へ穴を開けられるはずがない、と言い切れたのなら叫びたかったが、今までの経験がそうはさせなかった。──眼だ。これはマジな目で“お願い”を聞かなかったおれ一人殺すくらい、仕方ないわね、で済ますような本物の目。まるで、……。その先を考えて身体がぶるりと震えたような気がした。実際には震えることなどできぬように動きを止められているのだが。


「……お願いってのは、なんなんだ?」


 言えばどこにでもいそうな平凡な顔で、ナマエは金槌を突き付けたままごく普通に嬉しそうに笑っていた。
mae ato

modoru top