144
 ナマエが『魂』を賭けると宣言をすると、ダービーのスタンドはチップにされたじじいとポルナレフを空中に放り投げ、六分割した。落ちてきたチップは散らばることなくすべて綺麗に重なり、テーブルの上に戻ってくる。二人合わせて十二枚……回収するのが大変になったようだ。
 アヴドゥルもナマエも驚いたように目を見開いていた。……あんなにポーカーが強いナマエがポーカーのルールを知らないとは思えない。それでも驚くということは、ナマエのこの態度はやはりフェイクだ。ナマエは場の空気を読める。見た目の幼さに反し、様々なことを知っている。演技であるのなら、おれはそれを手伝うだけだ。


「何を驚いているんだ? ポーカーは一度に最低三枚のチップを使うゲームだからね、わたしたちの手持ちじゃゲームができないだろう」


 きみにもこれを。そう言ってナマエが渡されたのは真っ白なチップだった。これからお前はチップになるんだ。そういう威圧的な何かを感じた。けれどナマエはいつも通りの表情でそのチップを受け取る。それを見たダービーがカードの山を半円に広げ、どうぞ、と言った。ナマエは、よくわからないと言ったふうに、きょとんとしている。
 ──これで確定した。ナマエは演技をしている。
 一緒にゲームをした際、順番を決めるときにナマエ自身がして見せたのだ。これくらいなら知らなくても、どこか好きなところから引けばいいと言うことは思いつきそうなものだ。ナマエが敢えて、そのやり方について知らないふりをするということは、おれに演技だと言う合図を送っていると判断する。仮にその考えが間違っていたとしても、おれがやるべきこととはただ一つ。ナマエのサポートだ。おれはナマエが勝つために尽力すればいい。
 どうしていいかわからない──ふりをしているのか本当なのかは置いておくとしてそういうふうに見える──ナマエにしびれを切らしたダービーが「きみも引きたまえ」と促した。その振る舞いには少し苛立ちが垣間見える。ナマエが並ぶカードのから開く。ハートの五。続けてダービーがカードを引いた。スペードの十。数字にしろスートにしろ、ダービーの方が上である。


「これでわたしが親だね。さて、それではまず参加料だ」


 ダービーがポルナレフを一枚差し出した。ナマエがそれにならって自分のものを一枚出す。ダービーはそれを見て満足したようにカードをシャッフルし、テーブルの上に置いた。「カットを」そう言われナマエはちらりとおれを見ながらカードの山に手を伸ばす。それでいいと頷けば、ナマエはそれに従ってカードをカットした。
 ダービーがカードを持ち上げる。ポーカーはダービー本人が得意と表したゲームだ。絶対に何かしてくる……そう思いながらスタープラチナでカードを持つダービーの手元を見つめ続けた。そうしてダービーはナマエに、次に自分へとカードを配っていく。必ず何かしてくる──そう思っていたのが功を奏したのか、三枚目でイカサマに気がついた。スタープラチナにダービーの指を折らせた。


「ゲェェーッ」


 声を上げたダービー。そこから更に悲鳴を迸らせる。おれの折った人差し指がおかしな方向に捻じ曲がった。もうすこし力を込めていたら肉や骨が露出していたことだろう。ダービーにとっては幸いなことに折れるだけで済んだようだ。
 ナマエは顔面蒼白とばかりの表情をしているが、これくらいの怪我では今までそんな表情をしたところを見たことがない。ナマエはいつでも気丈だった。改めて、演技であることを思い知らされる。……女の演技は怖えな。
 ともかく、ナマエのこの素人染みた感じは演技だ。おれはそう踏んだ。打開策は既に用意してあるはず。多分ナマエはおれがリードしているのだと思わせたいのだろう。それならばおれはナマエの望むような立ち回りをすればいい。
 アヴドゥルが思い切り驚いている。何が起きたのかわからなかったらしい。


「なっ、なんだ!? どうしたんだ!? 承太郎!? 指をッ!? スタープラチナがいきなりダービーの指をへし折ったぞッ!」

「言ったはずだ。イカサマした場合は指を折らせてもらう、とな」


 イカサマだって!? とアヴドゥルはわからなかったらしく更に驚いていたが、折られたショックのためかダービーはイカサマを隠すことも出来ずにいる。ダービーの手元に握られているカードの束。その二枚目が一枚目を乗せたまま、まるで配られようとこちらへ出ている。本来ならば配られなければいけないのは一枚目。テーブルに置かれたカードを捲って種明かしをした。言い逃れできるわけもない。


「やれやれ…もうおまえにカードを切らせるわけにはいかねえな。ディーラーは無関係の者にやってもらおう。それでいいな、ナマエ」

「あ、うん……そうだね。それがいいと思う」

「呆けてんじゃねーぜ、やってんのはお前なんだぜ。アヴドゥル、あそこにいる少年に頼んで連れてきてくれるか」

「ああ、わかった」

「あ、じゃあわたしもお願いに行きます」


 アヴドゥルに頼んだと言うのにナマエまで立ち上がった。怪我をしているのだから大人しく座っていろと思うのだが、これも何かの作戦なのかと思うとナマエを止めることはできなかった。アヴドゥルがナマエの怪我を気遣いながら二人は歩いていく。
 視線を戻せば、脂汗を垂らしながらもダービーは笑っていた。折れた指は痛いだろう。だが治療中のナマエの方が余程酷い怪我をしている。しかもこの男はイカサマをしないと約束をした上でのこと。同情する価値はない。


「さすがだ…イカサマは心理的盲点をつくこと……………目がいいだけではイカサマとはわからない…この指はその罰として受け入れよう」

「お前の罰はイカサマをしたことなんかじゃあねえ」

「ほう……ならばなんだと言うのだね?」

「ナマエとの約束を破った罰だ」


 ダービーは大きく目を見開いて驚いたようにこちらを見たあと、馬鹿にしたようにくくくと喉の奥で笑った。愉快でたまらない、そんな笑い声だった。


「それはそれは……ならばお姫様には媚びておかなければな? 傾倒する騎士に討たれたくはない」


 言ってろ。そんな視線を軽く送っておく。お前が戦っているのはおれではなく、ナマエだ。懐に忍び込まれてから存分に気がつけばいい。そのときには、ナマエの手のひらの上。握りつぶされることだろうが、な。
 視界の端でナマエの横にふわりとヴィトが浮いたのを見た。
mae ato

modoru top