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「わたし……ですか?」


 驚いた瞳がわたしを見ている。ジャパニーズらしく黒曜石のような美しく深い瞳をしていた。その瞳が困惑に揺れている。人形のようなオリエンタルで神秘的な見かけ。こういうのが好む輩も多くいるのだろうなと下卑た思考を口には出さずにおく。これが演技だと言うのなら、日本人はとても恐ろしい人種だといわざるをえないだろう。にこりとまるで紳士のような笑みを作った。


「ああ、そうだとも。お願いできるかなリトルレディ」

「リ、リトルレディ……」


 先ほどとは違う困惑がナマエの苦笑いに表れていた。女性の素直さは嫌いではないが、こういうときに思い切り感情を出してしまうあたり素人臭い、というのがわたしの見識だった。最初に思い当たったとおり、ただの愚か者ならばそれでも構わないのだが……。


「本当にわたしでいいんですか? その、イカサマとか、心配していらしたでしょう?」


 普通、イカサマをする人間ならばそう言った進言はしない。それとなく受けるだろう。少なくとも断りはいれない。それが日本人の美徳だと言われても、命のかかっている場面だ。他人が配るよりはよほど自分の方が安心できるというものだ。なのにナマエはそうはしない。まるでわたしを気遣っているかのような話し方だ。こいつ……頭がおかしいのか?
 偽りの笑みを浮かべながら相手を納得させにかかる。いぶかしんでいるのはナマエだけではない。承太郎を納得させなければならないのだ。


「勿論だとも。ただきみも見たところ怪我をしているようだし、イカサマはできないのではないかと思ってね。それに……失礼だがきみはカードの扱いが下手だ。もしイカサマをすれば、さすがにわかる」

「……ナマエ、こいつが何を考えているのかはわからねえ。だがお前が配る方が安心なのは事実だ」


 承太郎の冷静な進言を受けて、ならば、とナマエがわたしから新しいカードを受け取る。今度こそ五十三枚揃った新品である。その箱を開き、ガーゼを付けた手でこぼさないように必死にシャッフルしている様は滑稽を通り越して愛玩動物でも見ている気分になる。愛らしいと思わせることが目的として作られたのならば、結果は上々、というところだ。しかしこのダービー、情ごときでは動かされない。
 ナマエのシャッフルは、拙いがゆえにカードの順番が丸分かりである。カットするために差し出されたカードを受け取り、自分に回るカードの都合のいいところでカットを行う。これで自分の望んだ結果、そしてナマエのカードの結果、行動を見てナマエが演技かどうか見極める。
 わたしがポルナレフを一枚出す。ナマエも自分の白いチップを一枚出した。順番に配られる手札。そして自分が行ったとおりの手札が回ってきた。もう一枚ポルナレフを出し、二枚チェンジを頼む。ナマエもチップを出し、一枚。お互いが手札を確認する。悩んだような顔。


「さて、わたしはコールだ。きみは?」

「……わたしも、コールです」

「よろしい。ならば一斉にオープンだ」


 広げられたカードはわたしが想像していた通りのものだった。想像通りすぎて、いささか面白みにかける。わたしのカードはジャックのスリーカード、ナマエはキングとクイーンのツーペアだ。ナマエとアヴドゥルに不安とばかりの空気が広がる。いや、その二人だけではない。今まで冷静であった承太郎までもが、すこし不安げな瞳でナマエを見ていた。なるほど。承太郎の弱点は、ナマエか。先にナマエを落としておくことで次の承太郎戦が幾分か楽になることは決定的だった。


「フフフ、わたしの勝ちだ。このチップは受け取っておこう。さて、ネクストゲームと行こうか」


 わたしの方にきたナマエのチップを一枚投げるようにテーブルへ出す。不安げなナマエがゆっくりとわたしを見る。にこりとわたしは笑った。


「ああ、ネクストゲームではなく、ラストゲームかな?」


 歯を食いしばりながら怒りを露にするアヴドゥルを押さえる承太郎だが、その瞳はアヴドゥルよりもいっそ感情的だ。言わなくてもわかる、とはこのことか。その目を見て余計に思う。──ナマエはここで落とす。感情に支配されていればされているほど、落としやすくなる。本来ならば冷静である承太郎を落とす絶好のチャンスだ。ナマエのことはもう心配しようがないほど簡単だ。このまま配られれば、綺麗にわたしが勝てる。ナマエの腕前ではうまくシャッフルできなかったため、一部にカードが固まってしまったままなのだ。配られたカードを開く。あと一枚でストレートフラッシュ。そして次の一枚はわたしの望むカードだ。


「一枚チェンジを」


 ナマエに渡されたカードを見て満足する。キング、クイーン、ジャック、十、九のストレートフラッシュ……ロイヤルストレートにしておきたいところだが、これだけで十分だ。しかし……そうだな、できることならアヴドゥルも道連れにしておきたいところだ。レイズするか? しかしそれで降りられてしまえばなんとも言いがたい中途半端な結果が待っていることだろう。
 ちらり、ナマエがアヴドゥルを見上げた。アヴドゥルが頷く。そして決意を持った瞳でナマエがこちらを見つめてきた。


「残りのわたしの『魂』とアヴドゥルさんの『魂』……あわせて九個、賭けます」


 その発言にはわずかばかり驚いた。タイミングがよすぎやしないか、と自分のことを笑いそうになったのだ。勝ちが確定している上に、獲物が自分から罠に飛び込んでくるとは。たしかにナマエのカードは十と九のフルハウス、賭けたくなる気持ちもわかる。しかし承太郎がその様に驚いているということは、二人で少年を呼びにいったときに話し合ったらしい。仲間はずれは辛いなあ、承太郎。喉の奥で笑いが漏れる。


「オーケー。わたしはきみの『魂』三個と、ポルナレフのを六個……そして、ジョースターの六個をレイズだ。承太郎の『魂』も賭けてもらおうか?」


 もうナマエは降りられまい。既にナマエとアヴドゥルの魂は賭けてしまっている。ここで降りれば無駄死に……となれば、多少どこかで不安が付き纏おうとも、強引に突破しようとしてくるはずだ。ナマエが驚いて俯き──どこからともなく、笑い声が聞こえた。
mae ato

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